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ジャズやポップスのピアニストも支持!新興ピアノメーカー『ファツィオリ』人気の秘密

世界最高峰のショパン国際ピアノコンクールにおいて、2021年優勝者ブルース・リウが起用したとして大きな注目を集めたイタリアのピアノ『FAZIOLI(ファツィオリ)』。その後も躍進を続けるファツィオリピアノについて、本社・ショールームを置く東京・港区のファツィオリジャパン株式会社にて代表取締役のアレック・ワイル氏にお話を伺いました。


クラシックやジャズ、ポップスのピアニストからも注目度が高まっているファツィオリのピアノ

世界最高峰のコンクールでファイナリスト3人が使用

──ファツィオリは2021年のショパンコンクールで優勝者を含め上位者3名が選択したことで注目を集めました。ファツィオリ社は当時創業40年にして大躍進と話題になりましたね。


アレックさん(以下同):2021年10月のショパンコンクール後の反響は大きく、それは今も続いています。ファツィオリはピアノメーカーとしては小さいですが、「若い」というのはヘンな言い方だなと思います。Googleよりは古いですよ(笑い)。「Googleは若い」という考え方はないですよね? 会社の設立は1981年ですが、歴史は築いてきました。


国際コンクールへの参加がスタートしたのは2010年ですが、ファツィオリを愛好するロシア出身のピアニスト、ダニール・トリフォノフはその2010年に、ショパンコンクールでファツィオリを使用して入賞しています。


※ファツィオリは2010年からショパン国際ピアノコンクールの公式ピアノとして加わり、現在までにスタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリの4メーカーが公式ピアノとして定着している。


ショパンコンクール2021入賞者

1位: ブルース・リウ (ファツィオリ)

2位: 反田恭平 (スタインウェイ), アレクサンデル・ガジェヴ(カワイ)

3位: マルティン・ガルシア・ガルシア(ファツィオリ)

4位: 小林愛実 (スタインウェイ),ヤクブ・クシュリク (スタインウェイ)

5位: レオノラ・アルメリーニ (ファツィオリ)


──世界最高峰のショパン国際ピアノコンクール2021で、ファツィオリ選択者(ブルース・リウ)が初優勝の快挙を成し遂げました。複数のメーカーの中から、ピアニストはどういう理由でファツィオリを選んでいるのでしょうか? 出場者の弾くプログラムによりますか?


そういう理由もありますけれど、ピアノを選ぶのにはいろいろな考えがあると思います。ひとつは、表現。どのピアノなら伝えたいことがちゃんと表現できるか。次に安心。コンクールは緊張がとても強いですから、できる限り自分が慣れている楽器を弾きたいですよね。それもありますし、ブルースさんが優勝後に言ったとてもいい言葉があります。「ぼくがファツィオリを選んだのではなく、ショパンがファツィオリを選びました」。ショパンの表現のためにピアノを選んだということです。


ファツィオリならではの音色


──メーカーによってピアノの音色が違うと伺いました。ファツィオリの音色は、どんな特徴がありますか?


「音楽の特徴」という言葉はあまり好きじゃないけれど、一番良いところは「非常に透明なクリアな音」です。技術的な説明は別として、一般の人にもピアノの音のクリアさがすぐに感じられるピアノです。


──音が澄んでいるということですか?


いちばん有名なピアノメーカーはスタインウェイですね。スタインウェイは、倍音(※ある音に共鳴・不随して同時に出ている音のこと)がいっぱいある。ヤマハのピアノも倍音が非常に多いですが、ファツィオリは倍音を非常に整理しています。緻密な造り方をしていることで、余分な倍音を整理し、濁らない非常にクリアな音を可能にしています。演奏の時に、多くのピアノはたとえるなら“雲みたい”な感じがありますが、ファツィオリは一音一音が別々の粒のようです。演奏すると、よくわかると思います。


ファツィオリピアノの音を聴かせていただいた。曲はポーランドの作曲家シマノフスキのOp.1Nr.8 プレルード ※実際の音はもっとクリアです

──明瞭ですね。聴いたらよくわかりました。クリアという表現が一番ぴったりですね。ありがとうございます。


そうです。だからファツィオリを初めて弾く時に少し裸の感じがするというピアニストもいます。非常にクリアな音だから全ての音が聴こえてしまいますので、誤魔化すことが出来ません。


──2021年のショパンコンクール後の反響は以前と比べてどれほど違いますか?


販売に関して、会社設立当時は日本では知名度も売り上げも無く、これから英会話の先生にならなくてはいけないと思っていましたけど(笑い)。2年目にはファツィオリのピアノが良いと買ってくださる人が増え始めました。今ではおそらく、トップピアノを買いたいというほとんどの人が、我々のピアノも検討してくださっています。ピアノに興味のある人は、実際に試弾にいらっしゃいます。しかし今度は、販売できるピアノの数が足りない問題が生じました。


──人気すぎて…


はい。本社は小規模生産で職人も急には育てられないので製造が追いつきません。ショパンコンクールの後、生産台数も増えていないので本当に足りません。すぐに買いたいという人にも1年ほど待っていただいています。(※在庫がある場合はすぐに購入も可能です)


こだわりと情熱を注いで造られるファツィオリピアノ


──原材料にもこだわって製造していると伺いました。


すごいこだわりですよ(笑い)。一番重要な木材は響板。その響板材は、イタリアのフィエメン渓谷高原の赤樅(あかもみ)を使っています。限られた資材ですし、非常に高価です。値段は他のメーカーが使っている木材の倍以上します。


──他のメーカーのピアノが使っていない材料を使っているのですね?


はい。基本的にピアノに大事なのは「材料」「設計」「造り方」、この3つですね。他のトップメーカーも間違いなく、材料はとてもいい木材を使っています。しかし、ファツィオリは赤樅を使います。


ピアノ内部の側板も美しいデザイン

──年間生産台数は145台ほど、1台完成するまでに2年ほどかかると聞きました。今もそのようなスケジュールですか?


説明は少し複雑です。まず木を切って、その後で板を作って、最初は2年間自然乾燥させなくてはいけません。これは響板です。その後で3~5年間寝かせます。同時に側板を作って、6か月乾燥させます。その後で支柱をつけたり3か月乾燥させるなど、要するに全部の部品が揃っていればおそらくピアノの組み立てに7か月から2年間ほどかかります。


──下準備に何年間もかかるのですね…!


ですから簡単な仕事ではなく、木材が高い時にはとても大変なことですね。いいピアノを造るためには並行して部品を作り、寝かせ、組み立てる等、部品・半製品の完成過程にものすごく時間がかかります。組み立てたピアノの機械や木材の調整も、それぞれに職人性が違い非常に複雑です。


鍵盤調整を行っているところ

──良い材料を使って手間暇をかけて完成させているのですね。創業者のパオロ・ファツィオリさんは、最初は家具メーカーからスタートしたということですね?


彼は6人兄弟の末っ子で今78歳です。彼のお父さんとお兄さんが家具の会社を経営しました。パオロはローマ大学で機械工学を勉強して、同時に音大で作曲とピアノの学科を卒業しました。パオロは家具にはあまり興味がありませんでしたから、お父さんとお兄さんに「勉強してピアノを創ってみたい」とお願いして、家具工場の中に100平米くらいスペースをもらいました。そこで研究をして独学でピアノを作り始めた。パオロの本当に天才的なところは、彼が現存するピアノに満足しておらず、自分が望むピアノを造ろうと思い実行したことです。


──どのようなところが不満だったのでしょうか?


音です。クリアな音を彼は目指しました。まだそういうピアノがありませんでした。


──ご自身が満足できるピアノを追求してこられたのですね。ファツィオリピアノはヴァイオリンの名器ストラヴァリウスと同じ響板を使っているそうですね?


響板材は同じですね。触ってみてください。


──すっごく軽いですね! 繊細で簡単に折れてしまいそうな。


すっごく軽いです。そして(叩くと)結構大きな音が出ます。


ファツィオリピアノに使用している響板材の見本。サインはパオロ・ファツィオリ氏のもの

──ほかにも工場を出荷するピアノはすべて、パオロさんが一台一台チェックされていると。ピアノへの情熱が溢れていますね。


厳しい人ですよ(笑い)大好きだけどね。たとえばピアノ業界で大きいピアノメーカーは、スタインウェイもヤマハさんも創業者は100年も前に亡くなっていますけれど、ぼくは創業者のパオロと毎週話しています。それは会社としてもすごいことだと思います。実はぼくは以前、旧スタンウェイの社員でした。14年間務めて全国営業担当でした。


他のピアノメーカーは基本的にピアノを完成した1880年代からほぼ変わらない状態。ファツィオリの基本的な哲学は、「ピアノは完成することはない、常に改善できる」。それが基本的な考え方です。10年前のピアノと現在のピアノを比べるといろいろと違うんですよ。


こちらも鍵盤調整を行っているところ

──創業42年にして他の歴史あるメーカーと対等に競い合えるのは、なぜでしょうか? 品質や社長の情熱などさまざまな要因があると思いますけれど。


具体的には、ひとつはこの響板ですね。響板の基本的な問題は割れることです。日本では特に湿気の影響で。乾燥させた後も梅雨は大変です。パオロは8年前からどうしたら割れにくい響板になるかを考え、最初2層の響板を作って普通の響板と比較テストしました。10%の湿気、90%の湿気…何回かサイクルして。ピアノの響板は水平ではなく、緩いカーブがあるのですが、それがとても安定しました。その理由のひとつは、真ん中に一枚、木目の向きを90度変えた薄い板を挟んだ三層響板にあります。これで構造的にとても安定しました。この生産技術は特許を取っています。


ダンパーペダルを調整しているところ

ジャズやポップスのピアニストも大きく支持


──人気の秘密はどのようなところにありますか?


クラシックよりも、ジャズピアニストに結構人気ですよ。ファツィオリはジャズに合っていて日本でも非常に人気です。たとえば岸ミツアキさんや西山瞳さん、大石学さんも使っていますし、ミスチルも使っています。一度、小林武史さんがこちらに来て、一目惚れでした。


クラシック業界はメーカーの圧力が強いですよ。ファツィオリのアーティストの方針は、他のメーカーと全く違います。ファツィオリの場合は「アーティスト担当」という職責はありません。ファツィオリ社の哲学は「我々の責務は、できる限り良いピアノを造って最高の状態で提供すること。ピアニストの責任は、演奏のために一番良いピアノを選ぶこと」だけです。シンプルだけど、非常に大事です。


──本当にファツィオリのピアノが良いと思ってくださる方は来てくださる。それが実際、人気として現れているのはすごいことですね。ピアニストではない方も買いに来ますか?


もちろん。完全なアマチュアもいます。


──ジャズのほかにも特に合う曲やジャンルはありますか?


結構合いますよ。ジャズ、Jポップス、たとえば当代髄一のバッハ弾きとして有名な演奏家アンジェラ・ヒューイットは3台所有して、現代曲にも使っています。


──実際にファツィオリの音を聴いて、素人ながら惚れ込む理由がわかりました。最後にファンに伝えたいことはありますか?


高額なピアノを買うお客さまからするとピアノ屋のショールームは怖い所です。みんなが弾きたいけどちょっと抵抗があるような場所です。だからこそ、ファツィオリに興味があったらご遠慮なくお越しください。YouTubeを観るより、記事を読むより、自分で実物を弾いて聴いてみないとわからないですから。ぼくはファツィオリが大好きです。ファツィオリに触れることが出来るのはここだけです。事前に予約して演奏しに来てください。


ファツィオリジャパン代表取締役 アレック・ワイル氏

プロフィール


アレック・ワイル/代表取締役。1955年生まれ。シカゴ大学経済学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクールにてMBAを取得。1983年よりイギリス、ドイツ勤務、1992年より日本在住。1994年にスタインウェイ&サンズ社のアジア初の社員に。1997年、スタインウェイ・ジャパン株式会社の設立に携わり、執行役員マーケティングディレクターに就任。2008年8月に独立し、ファツィオリピアノの日本総代理店(現ファツィオリジャパン株式会社)を設立する。アマチュアピアニストでもあり、全日本ピアノ指導者協会(PTNA)アミューズ コンクールのシニア部で優勝、グランミューズ シニア部で準優勝。熟達したジャズサックス奏者でもある。


■試弾、カタログの問い合わせ■

電話:03-6809-3534 
メール:info@fazioli.co.jp
住所:〒105-0023東京都港区芝浦1-13-10 1F