CULTURE

CULTURE

イタリアの真夏の夜、星空コンサート&映画会が待っている!

イタリアは7月から8月にかけて各地で平均気温が最高に達します。同時に都市によっては降水確率も最低に。せっかくの観光も、ちょっとハードになります。でもご心配なく。この時期限定ともいえる極上の楽しみ方を、最新の体験を交えて紹介します。


オペラのアリアとドルチェの香り

ひとつめはピアッツァ、すなわち広場でのコンサートです。


この時期、大都市から小さな町まで、各地のピアッツァ、つまり広場では、さまざまなジャンルの演奏会やライブコンサートが開かれます。


私が住むシエナを例にとると2022年7月、街の中心「ピアッツァ・デル・カンポ」のプッブリコ宮殿をバックに、2夜にわたり、オーケストラの演奏会が企画されました。いずれもインターネットによる席予約こそ必須でしたが、料金は無料でした。


通常の劇場で行われる演奏会と同じく、開演は遅めです。実際に両日とも夜9時半過ぎに始まりました。この開演時間は快適です。なぜなら仕事のあと、夕食を済ませて、シャワーを浴びてから臨めるからです。加えて、広場でのコンサートは、むせ返るような暑さから涼風へと、劇的な温度の変化を感じる時間なのです。


第1夜は、ズービン・メータ指揮・フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団によるチャイコフスキーの交響曲第4番でした。たびたびウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートをこなしてきたことでも知られるメータは86歳。とくに4楽章はアレグロ・コン・フォコでありながら、闇雲なスピード感に頼らず、円熟味ある響きを聴かせてくれました。


チャイコフスキー交響曲第4番第4楽章(演奏は、ズービン・メータ指揮/ロサンジェルス・フィルハーモニック)


プログラムにも断りがあるとおり、アンプを介し、周辺機材もそこそこであることから、音質は正直なところ最上とはいえません。しかし近年のトレンドで、演奏中周辺の建物にはプロジェクト・マッピングが投影され、幻想的な雰囲気を盛り上げてくれました。


見回せば、自宅バルコニーに椅子を出して聴いている人も。余談ですが、不動産屋さんで、ピアッツァに面した館の価格が高いのは、こうした楽しみの値段も入っているからか? と思ってしまいます。


代わって第2夜はアルトゥーロ・トスカーニ・フィルハーモニー管弦楽団にバトンタッチ。シエナ出身のバリトン歌手で、マリア・カラスとも数々の共演を繰り広げたエットレ・バスティアニーニ(1922-1967)の生誕100年ガラコンサートでした。


名作オペラのアリアが歌手によって次々と披露される間、ピアッツァを取り囲むリストランテやカフェテリアからは、ナイフやフォークがぶつかりあう音が聴こえてきます。そればかりかデザートのドルチェの甘い香りまで、風に乗って届きます。そうかと思えば、敷き詰められた煉瓦の傾斜のためでしょう、不意にリンゴが足元に転がってきました。イタリアでリンゴといえば、アルプス以北の国からの旅行者の必須おやつ。きっと私の後方に旅人がいたに違いありません。彼らにとっても、その晩は、イタリアの素晴らしき思い出になったことでしょう。


アンコールはイタリア人が好きなジュゼッペ・ヴェルディ『椿姫』の「乾杯の歌」が。感極まった人が多かったのでしょう。終演後、何人もの見知らぬ人から笑顔とともにBuona serata(どうぞ良い晩を)!」と声をかけられました。


ジュゼッペ・ヴェルディ『椿姫』の「乾杯の歌」(演奏はリッカルド・ムーティ指揮/ミラノ・スカラ座管弦楽団)


そのあと街に出ても「乾杯の歌」の鼻歌があちこちから聞こえていました。そうした人々に混じって、楽器を担いで帰る楽団員たちは、みずからの仕事の喜びを噛み締めていたに違いありません。


街と舞台がひとつとなって醸し出す臨場感。これぞ夏の広場における演奏会の醍醐味です。


昼間30℃台後半に達する日も、夜は鑑賞に快適な20℃前後まで下がります。

毎晩日替わりで人気作品を上映

次に紹介するのは、野外の映画会です。


私がイタリアに住み始めて初めての夏、驚いたことがありました。少しでもイタリア語に触れようと足繁く通っていた映画館が次々と臨時休業してしまったのです。理由は「夏休み」。今日でもシネマコンプレックスを除き、大半のチネマには夏休みがあり、普段封切り作品のポスターが掲示されている場所には、休暇を示す「chiuso per ferie」の文字が斜めに貼られます。


代わりに存在を知ったのが、野外の映画上映会でした。その名の通り、広場や公園にスクリーンと椅子を設置して行われる映写会です。以降は、多くの街で使われている、洒落た名前「星空映画会」を使って解説しましょう。


シエナの星空映画会は7月と8月、ほぼ毎晩開催されます。上映されるのは、主に過去1年に封切りされたロードショー作品で、タイトルは日替わりです。一覧を記した街頭ポスターは、夏の到来を人々に実感させます。場所は16世紀の城塞にある公園内の、1937年に造られた円形劇場です。


見渡すと、煉瓦を敷き詰めた床でお尻が痛くならないようフィットネス用マットを持ってきて寝転んだり、おやつを持って来ているリピーターとおぼしき人もいます。


7月は夜9時45分、日没が早くなる8月は9時半に上映開始です。前述の演奏会同様、昼間の猛暑とのコントラストともいえる涼風は、普段の劇場やホームシアターでは到底味わえない清涼感があります。


シエナの星空映画会は、16世紀に建てられた城塞の中の公園。まずはチケットを購入します。料金は一般6ユーロ(2022年)、リピーター向けの回数券も。
公園の中にある野外円形劇場に向かいます。
シーンごとに沸き起こる、周囲の人々の反応も鑑賞ムードを盛り上げます。なお、イタリアでは外国映画でも、基本的にイタリア語吹き替えになります。

チネマを支える人々の熱意に触れる

イタリアを代表する映画音楽作曲家エンニオ・モリコーネの生涯を振り返るドキュメンタリー『エンニオ』(2021年イタリア)が上映された日のこと。150分にわたる長編だったため、終演は深夜0時半過ぎになりました。


映写室の後片付けをしている技師二人に声をかけてみました。エンリコさんとフランチェスコさんは、ともに上映歴二十年以上。夏以外の季節は市内の映画館で働いています。


エンリコさんは、イタリアにおける星空映画会の始まりを、こう説明します。「この国では伝統的に、夏に封切りされる映画はほとんどありませんでした」。昔は映画館に冷房が無く、また大都市では人々が帰省してしまうことが背景にありました。いっぽうで、地方では夏の間も地元に残る人が数多くいました。そうしたなかで、星空映画会は、人々にとって格好の娯楽だったのです。


映写室を見せてくれるというので、覗いてみることにしました。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のように暗い部屋に古い映写機が置かれ、フィルムの巻き取り音が響いていたのは昔の話。四畳半ほどのスペースには、データの入ったハードディスク用ドライブやドルビー音響システム用の機器が置かれています。脇にある投光機は自動車と同じ水冷。たとえ野外といえハイテクです。「これらの設備は、普段映画館で使用しているものを運んできているのです」と二人は説明してくれました。


もはや深夜1時近くにもかかわらず、エンリコさんは「今夜のモリコーネをよく知りたいなら、この作品がいいですよ」と、モリコーネが音楽を担当した1970年代の作品の上映日を、コンシェルジュのごとく丁寧に教えてくれました。


いっぽうフランチェスコさんに、映写技師として、あなたが初めて上映した映画は? と聞いてみると「1996年の『イル・チクローネ』でしたね」と教えくれた。日本でも『踊れトスカーナ!』の邦題で公開されたそのコメディは、ふたたび個人的なことで恐縮ですが、私がイタリアに来て初めて観た映画作品でした。


そして、フランチェスコさんは、こう話しました。


「あの頃は、映画館がいつも満員でした」


日本同様、イタリアで映画館の客足は減少を続け、閉鎖される館が少なくありません。1950年代後半に1万以上もあったスクリーン数は、2019年には3542まで減っています(データ出典:SIAE、Cinetel)。そうしたなか今日、エンリコさん&フランチェスコさんのような熱意ある人々によって、チネマ文化が支えられていることを実感します。同時にその晩、終演後来場者の中から空まで届くかのように沸き起こった拍手は、かつてのチネマの賑わいを思い起こさせました。


夏、イタリアの野外で催される、コンサートや映画会は、この国で長年ピアッツァが果たしてきた文化的役割を改めて感じられる機会です。同時に、そこに醸し出される環境と、人々の姿は、通常の劇場とはひと味もふた味も違うものです。


やがて9月になると、野外イベントはたちまち少なくなり、街には一抹の寂しさが漂い始めます。しかし、今年と同じ感動を来年もイタリア人たちと共有できるかと考えると、寒い冬を越す活力がおのずと沸いてくるのです。


映写技師のフランチェスコさん(左)とエンリコさん(右)。
映写技師のフランチェスコさん(左)とエンリコさん(右)。
演奏会の間、ピアッツァを囲む建物にはプロジェクト・マッピングが。以上写真はいずれも2022年7月撮影。