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怠け者が編み出した最強の戦い方

開幕を11月20日に控えたワールドカップ(W杯)に、欧州王者・イタリア代表の姿を見ることはありません。世界のサッカーファンは大きな物足りなさを心に抱くことになるでしょう。それはイタリアが世界で唯一のサッカースタイルを見せるチームだからです。ではその唯一無二のサッカーとは一体何なのか。一端を紐解いてみました。


最小の労力で最大の成果を


イタリアのサッカーは、ドイツコンプレックスを主な糧として独自の進化を遂げました。体格で負け、勤勉さでも負け、ボールも器用に扱えず、ときとして戦術も遅れている……。


やせっぽちのイタリア人が、今さら大きくなることはできません。生来の怠け者気質が変わるはずもない。根性もない。ないない尽くしの中で出てきたのが、「負けないための守備」でした。



イタリアには古くから〝カテナッチョ〞という言葉があります。意味は「閂(かんぬき)」。 ゴールに鍵をかけるというニュアンスの言葉です。昔は人垣を築いてゴールを守り、敵のわずかな綻びを突いてカウンターを決めるという形でしたが、それは時代を経るにつれて進化していきました。緻密なポジショニングで網を張り、敵を待ち伏せするようにしてボールを奪い、一気に逆襲に出るのです。


イタリアが緻密な網の目を張り巡らせて守るのは、長い距離を走りたくないからです。緻密という言葉は、狡猾な、抜け目のない、と言い換えることができます。いつも正しいポジショニングをとっていれば、敵が向こうから迷い込んでくる。そこでボールを奪い、最短距離で敵のゴールを急襲。待って奪って背後へポン!


イタリアが目指しているのは、最小の労力で最大の成果を上げる試合。怠け者が編み出した最強の戦い方と言えるでしょう。


Calcio(サッカー)とは?イタリアサッカー豆知識
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Calcio(サッカー)とは?イタリアサッカー豆知識

ワダ シノブ / 2020.08.05


数センチ単位の修正も当たり前

長くボールを蹴り続けてきたからでしょう、欧州各国のサッカーは戦術のセオリーがしっかりしています。ただ、その欧州の中でも極めて細かいのがイタリアです。


ポルトとインテルでチャンピオンズリーグを制したジョゼ・モウリーニョ(現ローマ監督)は、よく「ディテールが大事だ」と語ります。しかしイタリア人と比べると正直、アバウトです。


そんなイタリアの中でも、ナポリを躍進に導いた監督マウリツィオ・サッリ(現ラツィオ監督)は、とにかく緻密な指導をすることで広く知られています。


ジョゼ・モウリーニョ監督(現ローマ監督)

サッリは、ゾーンでもマンマークでもない“トータルゾーン”という新たなセオリーを確立した戦術家としても知られています。この斬新な戦術を叩き込むため、彼は文字通り重箱の隅をつつくような緻密な指導を行います。イタリアの練習を見慣れている私も、何度「ここまでやるのか……」と唸ったことか。実際、外国人選手がイタリアの戦術の細かさ戸惑うことは珍しくありません。しかしサッリは、持ち前の情熱と卓越した理論によって、慣れない外国人を短期間で“変身”させているのです。


【PASSIONE CALCIO!】Vol.02 | イタリアサッカーを牽引、9連覇中の絶対王者。
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【PASSIONE CALCIO!】Vol.02 | イタリアサッカーを牽引、9連覇中の絶対王者。

「ITALIANITY」編集部 / 2020.08.25


もちろんサッリほどではないものの、街クラブのコーチたちもかなり細かな指導を行います。その細かさはポジショニングと体勢の指導に顕著に表れます。例えば敵と対峙した選手に、「軸足をあと3センチ開いて」とか「重心をもう5センチ低く」といった助言をする。これは厳しく命じるというより、「試しにこうやってよ」と軽く提案するというニュアンス。感覚のいい子はコツを掴んで動きが良くなっていきます。


それにしても、と私は思います。日頃いい加減なイタリア人がなぜ、ことサッカーになるとこれほどまでに細かくなれるのかと。サッリを含むプロの監督たちに私は何度もこの質問をしましたが、答えはいつも同じでした。


「だってオレたち、サッカーが死ぬほど好きなんだよ」


好きこそものの上手なれ。この情熱のおかげでイタリアのサッカーは日々確実に進化、発展を遂げていますが、その一方で日常の“壊れたもの(公共サービスなど)”はいつまで経っても直る気配がありませんーー。


ペダルをこぐ怠け者

怠け者を自負するイタリア人は、楽をして勝つために細部に徹底してこだわります。しかし、まったく根性がないわけではありません。この国の育成現場でしばしば飛び交う「ペダルをこぐ」という言葉に、そのことが表れています。


日本人の多くがマラソンや駅伝を愛するように、イタリア人は自転車のロードレースを愛してやみません。孤独で過酷なレースに自らの人生を重ね合わせるのでしょう。


 「きつい坂でもこぎ続けろ! 足を止めたら置いていかれるぞ! 諦めるな!」


イタリアの指導者は、こんなふうに子供たちを鼓舞します。


現役時代、“闘犬”と呼ばれたジェンナーロ・ガットゥーゾは、「ペダルをこぐ」ことにかけてはイタリア史上最強です。いえ、世界のサッカー史上で最強と言えるでしょう。なにしろ右膝の靭帯を開始早々に切りながら試合終了まで走り抜いた男ですから。イタリアのサッカーが、こうした骨太な男たちの支えによって歴史を重ねてきたこともまた、紛れもない事実なのです。


怠け者でありながら、ペダルをこぎ続ける。この二律相反する気質が、イタリアサッカーの魅力なのかもしれません。



すごくないのに世界一になる凄さ

緻密なポジショニングを基盤とした守備が充実すると、今度はそれを打ち破るための攻撃が発達します。この流れの中で“ファンタジスタ”と呼ばれる名手が台頭してきました。その代表格が、私が追い続けたロベルト・バッジョです。


「イタリアの至宝」ロベルト・バッジョのプレーが美しい理由
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「イタリアの至宝」ロベルト・バッジョのプレーが美しい理由

宮崎 隆司 / 2022.04.15


ひと癖もふた癖もあるディフェンダーたちが網の目を張りめぐらせて失点を防ぎ、バッジョやジャンフランコ・ゾラ、フランチェスコ・トッティ、アレッサンドロ・デル・ピエーロといったファンタジスタが数少ないチャンスからゴールを決める。これが典型的なイタリアのサッカーです。


イタリアは、史上最多となる5度のワールドカップ優勝を成し遂げたブラジルのように、華やかな技や創造性で世界を魅了することはありません。また、1974年西ドイツW杯で旋風を巻き起こしたオランダのように、サッカーの概念を劇的に変えたりすることもない。ドイツのように不屈の精神力を見せることも。1970年メキシコW杯や1994年アメリカW杯のようにタレントに恵まれた時期もあるとはいえ、イタリアはこれといった凄さもないまま、4度も世界一になりました。これはよくよく考えたら本当に凄いことなのかもしれません。


“教える”ではなく一緒に“遊ぶ” イタリアのサッカー指導方法とは
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“教える”ではなく一緒に“遊ぶ” イタリアのサッカー指導方法とは

宮崎 隆司 / 2022.06.02