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ヤマザキマリがイタリアで学んだ“疑う力”――17歳から続く、創作と人生の原点

Keiko Shimada

2026.10.09

ITALIANITY読者なら、今すぐ駆けつけたい展覧会「ヤマザキマリの世界 今この瞬間を生きる―Carpe Diem―」が開催されています。「イタリアで学んだことは何ですか」と尋ねると、ヤマザキさんは「猜疑心です」と即答しました。17歳でイタリアへ渡り、約10年を過ごした彼女が現地で身につけた価値観は、その後の創作や人生観にどのような影響を与えたのでしょう。


必死に描いてきた時代の作品も展示

幼少期のお絵かきから漫画原稿、エッセイの挿絵、油彩画、手作りの洋服、愛読書まで並ぶカオスな展示空間。メディア向け内覧会でヤマザキさんは、この展覧会について「自分のポケットの中身まで全部出して見せるような展示」と表現しました。


『テルマエ・ロマエ』の大ヒットによって、「古代ローマを描く漫画家」というイメージを持つ人も少なくありません。しかし、その作品にたどり着くまでには、長い下積み時代がありました。


『テルマエ・ロマエ』の表紙
『テルマエ・ロマエ』 Ⓒヤマザキマリ/KADOKAWA
『テルマエ・ロマエ』のパネルとヤマザキマリさん
©︎ヤマザキマリ 撮影:能美 潤一郎

28歳で漫画家としてデビューしてから『テルマエ・ロマエ』が広く知られるようになるまで、雑誌の挿絵やエッセイ執筆など、さまざまな仕事を続けてきたヤマザキさん。今回の展示では、そうした“ヒット以前”の作品も数多く紹介されています。


「ヤマザキマリの世界」会場内の『テルマエ・ロマエ』の展示コーナー
「ヤマザキマリの世界」会場内の展示

そして、他の誰にも描けないイタリア人のユニークな魅力について、ITALIANITYでも執筆してくださっているヤマザキさん。


彼女の創作活動は、思っている以上に多彩で、そのスケールの大きに、「私たちはヤマザキマリの一面しか知らなかった」と思い知らされました。


幼少期から続く「絵と言葉」の世界

今回の展示準備のきっかけの一つになったのが、2年前に亡くなったお母様の遺品整理だったと語ったヤマザキさん。


実家から見つかった段ボール箱の中には、幼い頃にチラシの裏に描いた絵が数多く保管されていました。そして、その多くには絵だけではなく文章も添えられていたそうです。


「ヤマザキマリの世界」子どもの頃に描いた絵

ヤマザキさんは、「昔から絵があれば物語があった」と振り返ります。

現在、漫画、エッセイ、油彩画、さらには音楽活動まで幅広く表現を続けるヤマザキさんですが、その原点は幼少期から変わっていないことがうかがえます。


「ヤマザキマリの世界」子どもの頃に描いた絵
亡くなったお母さまが大切に保管していた子どもの頃の作品

イタリアで学んだ最も大切なこと

展覧会を観た後で、ヤマザキさんへの質疑応答が行われました。ITALIANITY編集部として、筆者が尋ねたのは「イタリアで学んだことで、いまも大事にしていることはなんですか?」
ヤマザキさんは即座にこう答えました。

「猜疑心です」

意外すぎて、「えっ?人を信じてはいけないということですか?」と聞き返してしまいました。


17歳でイタリアへ渡り、油絵と美術史を学びながら約10年間を過ごしたヤマザキさん。

若い頃、人に裏切られて落ち込んでいたとき、イタリア人からこう言われたそうです。

「信じたあなたも悪い」


日本では「疑う」という言葉はネガティブに受け取られがちです。でもヤマザキさんが語る「猜疑心」は、人を信用しないという意味ではありません。

物事を鵜呑みにせず、自分自身で考えること。

一つの価値観だけではなく、別の角度からも見てみること。

そして常に好奇心と探究心を持ち続けること。


それこそが、イタリアで身につけた最も大切な価値観だと答えてくれました。


ヤマザキマリさん
©︎ヤマザキマリ 撮影:能美 潤一郎

「美しい」だけではない、本当のイタリア

ヤマザキさんは、日本で語られるイタリア像についても興味深い話をされました。

「日本で描かれているイタリアは、かなり嘘だと思っています」

もちろん、それはイタリアを否定する意味ではありません。

むしろ逆です。


『リ・アルティジャーニ ルネサンス画家職人伝』原画
『リ・アルティジャーニ ルネサンス画家職人伝』 Ⓒヤマザキマリ/新潮社

ヤマザキさんが出会ったイタリアは、観光パンフレットに描かれるような華やかな世界だけではなく、人間同士のぶつかり合いや矛盾、不合理さも含めた生身の社会でした。


若い頃に通っていた古書店では、人生経験豊かな年配の人々から厳しい言葉を投げかけられ、自分の幻想を何度も打ち砕かれたといいます。


『モーレツ!イタリア家族』原画
『モーレツ!イタリア家族』(2006年、講談社)より

それでもヤマザキさんは、「最初に出会ったイタリアが、本当のイタリアでよかった」と語ります。

表面的な憧れではなく、その国の光も影も受け入れた経験が、現在の創作の土台になっていると感じました。


自由とは、孤独を引き受けること

会見では、子どもたちへのメッセージについても質問がありました。


ヤマザキさんは「子どもたちよりも親に伝えたい」と前置きしたうえで、「自由には必ず孤独や苦労が伴う」と語りました。

「海外へ出ることも、新しい世界へ飛び込むことも、必ずしも楽しいことばかりではない。それでも、失敗や挫折を経験することでしか得られないものは確かにあります」


イタリアでの生活を通じて身につけた「自分で考える力」や「自由を選ぶ覚悟」は、まさにヤマザキさん自身の人生そのものを支えてきた価値観だと言えるでしょう。


会場に再現されたヤマザキさんの仕事場
会場に再現されたヤマザキさんの仕事場

「Carpe Diem」が示す生き方

展覧会の副題にもなっている「Carpe Diem カルペ・ディエム」は、「今この瞬間を生きる」「一日を摘み取れ」という意味を持つラテン語です。これは、ヤマザキさん自身の生き方を象徴する言葉でもあります。


山下達郎の肖像
山下達郎の肖像 Ⓒヤマザキマリ
「ヤマザキマリの世界」肖像画コーナー
肖像画コーナーにはタモリさんを描いた作品も

幼少期のお絵かきから漫画原稿、油彩画、エッセイ&挿絵まで。今回の展覧会には、一人の表現者が歩んできた軌跡が詰まっています。

そして、その根底には17歳で渡ったイタリアで学んだ「疑う力」と「自由に生きる覚悟」が流れていると感じました。


『テルマエ・ロマエ』の作者としてだけではない、一人の人間・ヤマザキマリの原点に触れられる貴重な機会。ぜひ展覧会を訪れて、あなたの知らないヤマザキマリを見つけてください。


「ヤマザキマリの世界」メインビジュアル

ヤマザキマリの世界
今この瞬間を生きるーCarpe Diemー

会期:2027年2月7日(日)まで

10:00-18:00(展覧会入場・ミュージアムショップは17:30まで)
会場:世田谷文学館

休館日:毎週月曜日(ただし月曜が祝日の場合は開館し、翌平日休館)
年末年始(2026年12月28日〜2027年1月4日)

入場料:一般1,500円、65歳以上・大学生・高校生900円、小・中学生450円
※障害者手帳をお持ちの方700円(大学生以下は無料)


世田谷文学館公式サイト
https://www.setabun.or.jp/