ART & DESIGN

ART & DESIGN

【Feature】イタリアの感性に訴えられるか−−ミラノデザインウイークの日本ブランド

2024年4月15日から21日まで、ミラノ市内で毎年恒例のデザインウイークが開催された。同イベントは国際家具見本市に合わせて企画され、さまざまな国・地域の企業や団体が、常設・仮設ショールームを舞台にブランドやデザイン力を発信することで知られている。


 

数字にも表れた「デザインの力」


会期中は出展社が華やかな垂れ幕や広告を掲げることもあり、街全体の雰囲気が華やぐ。ファッションウイークと異なり、多くが一般に開放されていることも人気の理由だ。賑わいは2022年の通常開催再開後さらに強まり、今回も一般の人にとっては春祭り感覚となった。宿泊施設の大半が満員であることも、人気を象徴している。


ミラノ・デザインウイークで。ザハ・ハディド・デザイン・コレクションを展開するカリモク家具の1ブランド「SEYUN」によるオーク製チェア

デザインウィークの代表的なオーガナイザー「フォーリサローネ」の公式ガイドブックには今回、前年比30%増の1,125イベントが掲載された。商業団体コンフコメルチョの試算によると、経済効果は26億8千万ユーロ(約4,400億円)に達した。市内別エリアのオーガナイザーで、第15回を迎えた「ブレラ・デザインウイーク」も280のイベントを記録した。

日本からもさまざまな企業や建築家/デザイナーが参加。本欄では中から3つのアプローチを紹介する。


かつての工場・倉庫街が、ミラノ随一のデザイン地区に変貌したトルトーナ通り。今回紹介する3社の展示は、いずれもこのエリアで行われた

伝統工芸、コラボレーションそして日本的五感


高級乗用車ブランド「レクサス」は、「Time」と題したインスタレーションを展開した。そのうちのひとつ「Beyond the Horizon」は、英国を拠点とするデザイナー吉本英樹(Tangent)によるもので、高さ4m✕幅30mの越前和紙製スクリーンに刻々と変わる水平線の移ろいを投影するものだった。竹が漉き込まれた和紙は、そこに置かれたコンセプトカー「LF-ZC」でも再現されているものだ。


屋外には、マーヤン・ファン・オーベル氏によるインスタレーション「8分20秒」が展示された。(photo: LEXUS)

 「カリモク家具」は3会場で3ブランドを展開した。そのひとつ、Karimoku New Standard in residence (KNS)は、普段クリエイターがアトリエとして使用している空間を改装。会場構成にスイス人インテリアスタイリスト、コニー・フュッサー氏を起用するとともに、国内外アーティストのさまざまな作品を展示した。


カリモク家具KNSの会場。従来十分に活用されていなかった日本の広葉樹の小径木を再発見することで、持続可能性を訴求する
KNS会場内では、フュッサー氏が選択したアーティストの作品/プロダクトもコーディネイトされた。手前は古舘壮真氏による「MASS」

KNS。モリッツ・シャラッター氏によるデザインの「ポーラー・ソファ」(左)には、日本のNUNOによるテキスタイルが
KNSには、このような展示も。食品廃棄物を有効利用する「食べられるコンクリート」

カリモクにとって今回第2のブランドであるMASは、「PROJECT HINOKI」と題して、得意とするヒノキをはじめとする日本産の針葉樹によるプロトタイプを公開した。


 

日本産針葉樹の可能性を展開したMAS。ブランド名は「枡」に由来している。テーブル&チェアはデザイナー熊野 亘、右後方の間仕切りはヴィル・コッコネンによる
MASのディスプレイから

嗅覚と聴覚にうったえる仕掛けも


カリモクによる第3会場は、英国ザハ・ハディド・デザインとのコラボレーションによるブランド「SEYUN」に充てられていた。ブースに足を踏み入れた途端、木の香りに包まれたので見ると、無数の木片が散りばめられていた。既存製品に施された特殊なメタリック加工は、木製でありながら異次元のマテリアルであるかのような幻想的感覚を醸し出していた。

ザハ・ハディド・デザインとのコラボレーション・ブランドSEYUNのエントランス。「ハイブリゼ―ション」をテーマに、2つの企業、技術と職人技、さまざまな分野とプロセスといったさまざまなハイブリッドを紹介した
天然素材ならではの表情と人工的なメタリック塗装もハイブリッドの一例

先述の二つと比較すると小規模ながら独自の世界観を演出していたのは、自動車用インテリアを手掛ける「トヨタ紡織」である。こちらの主題は「CONTINUUM- Roots of comfort」だ。富山の伝統工芸職人3名を起用。訪れた者を最初に迎えてくれたのは、靴を脱いで上がる和室である。中央に置かれている「おりん」を叩くと、投影された光の輪が反応する。音を可視化することで、聴覚と視覚で心地良さを表現したという。

島谷好徳氏の作による「おりん」。叩くと周囲に投影される光の輪が変化。音を視覚的にも愉しむ試み
別の視覚的投影法で、おりんの音を視覚化する

続く展示室では絹織物が触れられるようになっていた。通常、一頭の蚕は一つの繭を作るが、まれに二頭の蚕で一つの繭を作ることがある。そこからできた不均一な糸を 横糸に用いた「しけ絹」だ。その透き通る美しさは見る者に神秘性を感じさせる。

絹織物作家の松井紀子氏が手がけた「しけ絹」。不均一な糸ゆえに、独特の神秘性を醸し出す

最後の部屋では、なんと本物の菅笠(すげがさ)職人が床に座って仕事をしていた。出展社が訴えているのは、菅を緻密に織り込むことによる、触感や出来上がりの視覚的心地良さだ。

実演を行っていた菅笠(すげがさ)職人、中山煌雲(こううん)氏

職人が永く継承してきた音、不均一な美しさ、そして触感などで心地良さを演出することで、快適な空間の表現を目指したとスタッフは解説する。


ファミリー・フィーリングの獲得なるか


実は、この3社に共通項がある。「長くデザインウィークと関わってきたこと」である。レクサスは初出展を2005年にさかのぼり、以後欠かさずに参加してきた。カリモクも一部ブランドの初出展は2010年。担当者は「時間はかかりますが評価していただけたら」と語る。トヨタ紡織も10回めだ。さらに同社はミラノにデザインスタジオを擁し、その開設は13年前の2011年9月に遡る。


彼らのイタリアにおける知名度・認知度は、熱心な愛好家や専門領域に携わる人を除けばいまだ獲得途上といえる。イタリア乗用車登録におけるレクサスの2023年市場占有率は前年比約16%増となったが、それでも全体の0.25%にとどまる。カリモクも7-8割が日本市場向けという。トヨタ紡織は完全なるBtoB企業であるため、認知度向上にはさらなる時間を要すると思われる。


しかし彼らの根気強さは、その出展スタイルや明確な目的に現れている。今回レクサス「BEYOND THE HORIZON」を手掛けた吉本英樹氏(Tangent)は、11年前の2013年にレクサスが主催した第1回デザインアワードのグランプリ受賞者である。かつて見出した人材が新たなインスタレーションを実現する側に回ったかたちだ。

レクサスのブースには、吉本英樹氏(Tangent)による2013年レクサスデザインアワードのグランプリ受賞作品「Inaho」も展示された。管の穴を通し、稲穂を思わせる点々の光が投影される。基部のセンサーにより、人が通ると茎が揺れる

カリモク家具の伊藤允彦(まさひこ)主任は「外部のデザイナーと共創することで、社内に新しいものが生まれることこそデザインウイークの価値」と語る。加えて、さまざまな国・地域の人々に評価を仰げることも大切と語り、「時間はかかるが評価していただけたらと思う」と締めくくった。


トヨタ紡織ミラノデザインブランチの為村 亮所長と浅井 佑アシスタントチーフデザイナーは、「数字で表せない心地よさ、時代の変化に流されない心地よさといった日本の人が感じる心地よさを、見たことがない人も感じるのかをリサーチし、車室空間デザインに生かしてゆきたい」と語る。その行き着く先は「長持ちするデザイン」という。


いずれも一朝一夕では結論が見いだせない作業だ。


イタリアを代表する自動車&プロダクトデザイナーのひとり、ジョルジェット・ジウジアーロは「親子が似ているように、ブランドには“ファミリー・フィーリング”が必要だ」と説く。イタリア人はデザインやその背後にある企業姿勢にある普遍性・一貫性を重視する。そうした意味で、紹介した日系3社の出展スタイルは、育て方次第ではさらに実り多きものになる可能性を秘めている。

カリモクMAS。キュレーターを務めたヴィル・コッコネンの海外出身視点で、ヒノキの歴史的・文化的背景を紹介した。日本人にとって当たり前すぎて看過してしまう視点も、社内デザイナーにとって大きな刺激となる