マッジョーレ広場に集まった人々
CULTURE 21 Jul 2020

ボローニャ 人種差別反対のまち「100 Sfumature di umanità」


アメリカのミネアポリス近郊で5月25日に黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警察官に殺害されて以来、世界各地で「Black Lives Matter(以下BLM)」のプラカードを掲げ、人種差別に対する抗議行動が起こっているのは皆様もよくご存知だと思います。

プラカードを持つ女性写真:CNN

今回は抗議集会とは違う形で人種差別反対を人々に伝えていきたいという思いを込めて、ボローニャで行われたイニシアティブをご紹介します。

ボローニャの街の特徴

ボローニャはイタリアの中でも特に先進的、合理的、理知的な考え方が生まれてくる土地柄であり、人々が助け合う社会的協同組合などの動きが活発な街です。これはヨーロッパ最古の総合大学が1088年に設立されて以来、新しい考え方などを取り入れる風土があるからだと思います。
そんなボローニャで、アメリカの「BLM」を踏襲した人種差別反対運動ではなく、様々な国を代表する文化協会やボローニャに住む外国人たちが一緒になって、ボローニャという街から差別がなくなるようにとの思いを込めた「100 Sfumature di umanità(チェント・スフマトゥーレ・ディ・ウマニタ:「100通りの人間らしさ」とでも訳しましょうか)」というイニシアティブが、7月9日に行われました。

「100 Sfumature di umanità」の発案者

今回のイニシアティブの発案者は、ボローニャ在住の「Le Sardine(レ・サルディーネ:イワシ)」と呼ばれる4人の若者たちです。今年1月のエミリア=ロマーニャ州選挙運動において、サルヴィーニ党首率いる右派「Lega(同盟)」は、「移民排斥」や「自国第一主義」といったポピュリズム(大衆迎合主義)を掲げ勢いを増していました。
このことに危機感を覚えた若者たち4人は、どの政党にもくみせず、「反人種差別」や「民主主義の尊重」といった市民の思いを覚醒させるべく、イワシのように団結することをSNSなどを使って呼びかけました。
彼らの思いは瞬く間に多くの市民の共感を呼び、ボローニャのマッジョーレ広場は政党の旗ではなくイワシの面やプラカードなどを掲げた市民で埋め尽くされました。

マッジョーレ広場に集まった人々写真:La Reppublica Bologna.it

この反ポピュリズムのムーブメントは「イワシ運動(Movimento delle sardine)」と呼ばれ、イタリア全土をはじめ欧州、ひいては海を超えたニューヨークにまで広がりました。

イワシのパネルを掲げる人々写真:La Reppublica Bologna.it

「100 Sfumature di umanità」とは?

そんな大きなうねりを生み出したボローニャの「イワシ」たちが、今回投げかけた取り組みが「100 Sfumature di umanità」というものです。
この活動を思いついた経緯や取り組みの内容を「イワシ運動」の発起人の1人であるGiulia Trappoloni(ジュリア・トラッポローニ)さんに伺ってみました。

Giuliaさん

―――いつ「100 Sfumature di umanità」のイニシアティブを思いつきましたか?
Giulia:アメリカの抗議活動で「Black Lives Matter(以下BLM)」のスローガンを初めて見た時に、このスローガンをイタリアにも持ってこようと考えつきました。ただ、単に文字としてのスローガンだけを持ってくるのではなく、このスローガンに込められた思いを届けたいと考えました。

最初に広場に長いラインを引き、各文字の下書きを。最初に広場に長いラインを引き、各文字の下書きを。

スローガンを黒人の命だけではなく、移民や全ての人々の命も包括したいという思いで「Human Black Migrants Lives Matter」とし、当初ローマ市やミラノ市に提案してみましたが許可がおりませんでした。そこで「このイニシアティブに賛同する勇敢な市長はいませんか?」と全国の市長に訴えたところ、ボローニャ以外にも、南はプーリア州レッチェ、北はトリエステまで、多くの市長から賛同を得ることができ、各市の多文化協会や異文化間協会が中心となってスローガンを街に刻むことができました。

下書きができたら、カラフルに文字を色付ける。下書きができたら、カラフルに文字を色付ける。

中でもボローニャは、多文化、異文化協会の活動が盛んな街です。「Le Sardine(イワシ)」たちは、今回の取り組みは「Le Sardine」のための戦いではなく、生活する地で差別を受けている人々全ての戦いだと考えています。そのため、街に住む多くの人々がこのイニシアティブに活動参加してくれるよう呼びかけました。

何十メートルにもわたるスローガンだが、皆、とてもテキパキと作業を進めていた。何十メートルにもわたるスローガンだが、皆、とてもテキパキと作業を進めていた。

―――この活動の目的は何ですか?
Giulia:この活動の目的はインクルージョン(多様性を受け入れながら共生していくこと)の大切さを訴えることです。何もしなければなおざりにされるであろうインクルージョンというメッセージを、クリエイティビティを用いて伝えているのです。この活動は政治的なものでなく政治に変わる手段なのです。

19時過ぎから開始した作業は21時頃に文字が完成。この後、各アソシエーションのカスタマイズがスタート。19時過ぎから開始した作業は21時頃に文字が完成。この後、各アソシエーションのカスタマイズがスタート。

―――「BLM」と比較して、このイニシアティブの特徴は何ですか?
Giulia:「BLM」が唱える反黒人差別だけではなく、イタリアの「Decreto Sicurezza」(別名「サルヴィーニ法」:難民受け入れ拒否など移民排斥の内容が含まれた法律)によって危ぶまれる移民をはじめとした、全ての人々の命の尊重を訴える内容に拡大したところです。

広場には「イワシ運動」発起人のMattia Santori(マティア・サントーリ)さん(写真左)とGiulia Trappoloni(ジュリア・トラッポローニ)さん(写真右)に加え、貧困者支援のための食堂「Cucine Popolari(クッチーネ・ポポラーリ)」の主催や、副代表を務めるホームレス支援団体「Piazza Grande(ピアッツァ・グランデ)」などの活動により、昨年イタリア共和国のマッタレッラ大統領からコンメンダトーレという功労勲章を授与されたRoberto Morgantini(ロベルト・モルガンティーニ)氏も参加。広場には「イワシ運動」発起人のMattia Santori(マティア・サントーリ)さん(写真左)とGiulia Trappoloni(ジュリア・トラッポローニ)さん(写真右)に加え、貧困者支援のための食堂「Cucine Popolari(クッチーネ・ポポラーリ)」の主催や、副代表を務めるホームレス支援団体「Piazza Grande(ピアッツァ・グランデ)」などの活動により、昨年イタリア共和国のマッタレッラ大統領からコンメンダトーレという功労勲章を授与されたRoberto Morgantini(ロベルト・モルガンティーニ)氏も参加。

―――イタリアにも色々な考え方を持った人がいますが、Giuliaさんはどうしてインクルーシブな社会(多様性を認める社会)が大切だという考えを持つようになったのですか?
Giulia:家族のおかげです。インクルージョンや、世界には隔たりがないということを教わって育ったんです。

―――今後はどのような活動を予定していますか?
Giulia:インクルージョンを達成するための戦いは、もちろんここで終了するものではなく、今後も継続していくものです。ですので、様々な街でインクルージョンの重要性を伝え続ける活動をしたいと思っています。

左上:パキスタン、左下:イラン、右上:バングラデッシュ、右下:モロッコ左上:パキスタン、左下:イラン、右上:バングラデッシュ、右下:モロッコ

―――将来的に政治の世界に入っていこうと思っていますか?
Giulia:外部から政治をちくちくとつついていきたいと思っています。

イニシアティブに参加した理由は?

両親がペルー出身の在伊2世のDorothy Yufra(ドロシー・ユフラ)さんに、この活動への参加理由を聞いたところ、「私はイタリアで生まれで今ではイタリア人になりましたが、18歳まで国籍をもらえませんでした(注1)。
また、イタリア人であるにもかかわらず、肌の色や私の親の出身国のせいか差別を受けたこともあり、この現状を変えたいと思って参加しました」と答えてくれました。
注1:イタリアはアメリカのような出生地主義ではなく、両親共に外国籍の場合、出生から18歳まで継続してイタリアに住み続ければイタリア国籍を申請することが可能となります。

写真左から2人目がDorothy(ドロシー)さん。写真右は参加者への連絡をこまめに行ってくれたペルー出身のJosé Venancio(ホゼ・ヴェナンシオ)さん。「これだから外国人の活動はダメだ」と言わせないために、活動中も会場のゴミをこまめに拾うなど一生懸命頑張ってくれていた。写真左から2人目がDorothy(ドロシー)さん。写真右は参加者への連絡をこまめに行ってくれたペルー出身のJosé Venancio(ホゼ・ヴェナンシオ)さん。「これだから外国人の活動はダメだ」と言わせないために、活動中も会場のゴミをこまめに拾うなど一生懸命頑張ってくれていた。

ボローニャ市の思い

ボローニャ市は「Le Sardine(イワシ)」たちからの提案に賛同し、駅から程近いPiazza XX Settembre(ヴェンティ・セッテンブレ広場)にスローガンを描くことを許可しました。以下、移民政策などを担当するMarco Lombardo(マルコ・ロンバルド)市議の言葉です。

「ボローニャ市は、反人種差別主義について市民の関心を高める「6000のイワシ運動」からの提案に賛同します。ECCAR(ヨーロッパ反人種差別都市連合)の最前線に立ち、人種差別や外国人嫌悪という問題に取り組んでいるボローニャは、我々の市の精神と伝統に則って「BOLOGNA CITTÀ ANTIRAZZISTA(ボローニャ 人種差別反対のまち)」というスローガンを選びました。」

そして、ボローニャに住み、市にインテグレーションしている外国人コミュニティへ、この活動に参加し、各文字を彩って欲しいと呼びかけました。

集合写真

結果、短期間の呼びかけにも関わらず、当日はイラン、エクアドル、カメルーン、ガンビア、北アイルランド、スペイン、セネガル、日本、パキスタン、バングラデッシュ、ベトナム、ペルー、モロッコ、ルーマニア各国からの参加者に加え、移民支援を行うアソシエーションが集結。広場の北から南まで、皆で「BOLOGNA CITTÀ ANTIRAZZISTA」というスローガンを描きあげました。

13. Bologna Città Antirazzista 3

ロンバルド市議は今回の取り組みについて、「シンプルだが強いメッセージ性があり普遍的な言葉。ボローニャの駅に降り立ち街へ向かう人々へのメッセージ。人々の尊厳は不可侵で、権利と自由はいつも、どこでも、守り続ける必要があるものだということを私たち自身にも思い起こさせる価値ある言葉です。私たちの中から考え方を変えていきましょう。街を一緒に色付けることができ大変光栄でした」と述べました。

今回の活動は、各国がそれぞれの文化を披露するような縦割りの文化交流ではなく、一緒に作業をすることで会話が始まり、働き方のスタイルなども見ることができる大変有意義な時間でした。
「無知が誤解を生み出し、差別を生み出す。コミュニケーションをとることが大事」と多くの参加者が語っていました。

今後、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしている日本。様々な人々が共生するボローニャから学べるところが沢山あると思います。

道路に描かれた絵

最後に、イランの皆さんが文字を飾った800年前の詩人Saʿdī-ye Shīrāzī(サアディーイェ・シーラーズィー)による素敵な詩を紹介します。
(ペルシア語のイタリア語訳から筆者が翻訳)

人々はひとつの体を構成する手足、
それぞれを形作るものの本質は同じ。
体の一部が苦痛を感じるとき、他の部分も穏やかではいられない。
もし、あなたたちが、他の人の苦痛に無関心であるとしたら、
人間と呼ぶに値しない。
Saʿdī-ye Shīrāzī(1203 – 1291)

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WRITER PROFILE
須飼真理

ボローニャ在住。異文化交流プロジェクトディレクター。イタリア政府認定オリーブオイル鑑定士&旅行添乗員。日米の大学を卒業後、大手外資系企業にて経営コンサルタントとして勤務。その後、渡伊。語学習得後、展示会通訳、ハイファッション・食品業界翻訳から、幼児教育(レッジョ・エミリア・アプローチ)現場視察、鰻祭り、大学研究のコーディネートまで、多分野にわたる日伊プロジェクトの架け橋として活動中。男の子2人のマンマ。 HTTP://FELICITALIA.NET