自動車デザイン会社の名門として知られているトリノのイタルデザイン社。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でタイムマシーンとなった1981年「デロリアンDMC12」をはじめ、膨大な数の車両開発に携わってきた。
1,200人以上の従業員を擁する彼らは、自動車以外のインダストリアル部門も持ち、さまざまな分野にデザインを提供している。その顧客リストには日本企業も名を連ねる。
2024年7月トリノ郊外モンカリエリで、インダストリアル部門の近作、そして日本における最新のアプローチを聞いた。対応してくれたのは、ビジネス開発担当のコッラード・ベッキオ、フィオレンツォ・ピラッチ両氏である。
巨大自動車メーカー傘下にある強み
--イタルデザインは1968年に自動車デザインの会社として出発しています。
フィオレンツォ・ピラッチ(以下FP):当社は自動車業界で約60 年の歴史がありますが、実はインダストリアル領域でも約50 年の経験を有しています。つまり、その差は約10年しかないのです。
創業以来、自動車・インダストリアル双方で、常に二重の「魂」を保ってきました。すなわち美しさと機能性、デザインとエンジニアリングです。デザイナーと技術者の協調によって、常に概念を現実にしてきました。
--新たに接するクライアントは、イタルデザインにインダストリアル部門があることを知っていますか?
コッラード・ベッキオ (以下CB) 自動車分野においては、私たちが有能であることは誰もが知っています。いっぽうで、腕時計やオフィスチェアを手がけた場合、私たちがヨットや列車といった他の領域でも能力があることを理解してもらえるのに若干の時間を要します。私たちが持つ広いスキルを知ってもらうため、さらなる努力が必要と自覚しています。
--2015年にフォルクスワーゲン・グループの完全傘下、詳しくはアウディ・グループの一員となりました。あなたたちのインダストリアル・デザイン部門にも、なんらかの恩恵はもたらされていますか?
FP 世界最大級の自動車グループのもと、インダストリアル・デザイン専業の企業が購入できない高価かつ最新のツール、そして最先端技術を駆使したラボラトリーを活用できます。
CB 人間工学などに関するデジタルテクノロジーの使用でも優位性があります。
--イタルデザインのインダストリアル部門の仕事は多岐にわたります。2022年ではクリスタルのワイングラスもデザインしましたね。
FP 私たちは挑戦が好きです。スパークリングワイン「アルタランガ」生産者共同組合のグラスです。小さなプロジェクトですが、重要なエンジニアリングが含まれています。
ボウル部分の形状が三角形なのは、飲む人がグラスを回してしまった場合を考えています(筆者注:発泡性ワインは、赤や白ワインのようにグラスを回すと泡が消えてしまいやすいが、それを知らない人が少なくない)。さきほど申し上げたとおり、このように小さなプロダクトでも、イタルデザインの基本である美と機能性を両立が果たされているのです。
--チョコレートの老舗「ペイラーノ・トリノ」のパッケージ・デザインも手がけています。
FP このデザインは、ずばり「体験」です。蓋を開けると、中から5つの小箱が現れます。箱に印刷されたフィボナッチ・レシオ(=黄金分割)の曲線にしたがって辿ってゆくと、徐々に箱が小さくなるように並べられています。チョコレート自体も、より高価なものになってゆきます。途中で何個ものジャンドゥイオット(トリノの名物チョコ)を経て、最後は手描きデコレーションが施された至高の1粒にたどり着くのです。
--さまざまな業種のクライアント向けにデザイン開発を遂行するにあたり、共通点は何でしょう?
FP 私たちは固定されたスタイルを持たない代わりに、顧客の要求が何であるかを常に重視します。どのような分野であれ、彼らは明確に市場を定義し、目標を達成したいと考えています。私たちは、そうしたニーズを満たす成果物が得られるように最初から取り組んでいます。
CB 顧客が何を望んでいるのかを探求するのが、私たちの仕事です。それには、人間がどのように考えるか?といったシナリオを理解する必要があります。輸送機器からパッケージに至るまで、すべてを結び付ける共通の糸は、使う立場にある「人間」です。それを探求することがインダストリアル・デザインの使命です。
CB 市場傾向に注目するとともに、ブランドや製品がどういった方向に進む可能性があるかを理解しなければなりません。論理的に明確な目的を定める必要があるのは、どのような領域の製品でも変わりは無いのです。そうでなければ、市場に適さない魂(アニマ)の入っていない製品が生まれ、やがて淘汰されてしまいます。仕事はきわめて複雑ですが、挑戦に値する、興味深いものなのです。
日本開拓の難しさと喜び
--日本企業との関係を解説してください。
FP イタルデザインのインダストリアル部門は常に日本と結びつきがありました。主要クライアントには、部門の開設初期からニコンやセイコー、オカムラが含まれています。現在も社名の公表が不可であるものも含め、数々のクライアントがいます。
--日本市場の開拓における難しさは?
FP 第一は言語的な難しさです。組織化された著名企業であっても明確な意思疎通方法を見つけるのが困難で、誤解を生じる場合があります。ただし深刻な状態に陥った例はなく、その都度何らかの解決策を見い出してきました。
CB 他社など第三者の高評価があると、商談を始めやすいのも日本企業の特徴です。
FP 日本企業とは協業の開始までに時間がかかりますが、一度始まるとそのつながりは強固になります。
--オカムラとの関係は長いですね。
FP オカムラとは、2024年にDX(デジタル変革)でも手を携えました。オカムラはメタバース空間で生活する人向けに、デジタル家具のオンラインストアをオープンしています。そのヴァーチャル・ショールームには、イタルデザインの仕事も含まれています。
メタバース用にオカムラ「サブリナ」チェアの特別仕様とアバターをデザインしました。アバターは2024年4月にミラノ・デザインウィークで発表した最新コンセプトカー「アッソ・ディ・ピッケ・イン・モヴィメント」が変身したものです。これはイタルデザインが、すべての領域で常に存在できることを示す一例です。
CB 日ごろオカムラ製品を家やオフィスで使用している人が、メタバース空間でも生活することで、製品を愛用していることを自覚できます。これにより顧客のエンゲージメントが高められます。
「デザイナー受け入れ」という新たな価値提供
--イタルデザインは2024年4月には京都で「イタルデザイン・デイ」を催しています。実施のきっかけは?
FP 以前から私は個人的に日本を愛していたので、何らかの展開を模索していました。そうしたなか、イタリア・ピエモンテ州の企業と日本企業のビジネス促進を目指した「ジャパン・ハブ」の存在を知ったのです。トリノ工科大学が立ち上げたものです。担当教授に連絡を取ると、彼は私たちのことをよく知っていて「ミーティングを企画しよう」と尽力してくれたのです。
ハブの日本拠点が京都であることから、「イタルデザイン・デイ」は京都信用金庫の施設「QUESTION」で開催されることになりました。
--当日の参加者はどういった人たちだったのですか?
FP 参加した16社は中小企業やスタートアップ企業でした。京都信用金庫は、こうした企業が将来的に拡大できるように支援している企業です。
当日アントニオ・カズーCEOを含む弊社スタッフは、初めにイタルデザインの概要を説明しました。続いて、オカムラやニコンを例に日本企業との過去プロジェクトに焦点を当てて紹介しました。
FP 私たちが何をしているのかを完全に理解できるように、こうしたイベントの頻度を実際に増やす必要があります。そして京都のイタルデザイン・デイでは、最後に「日本のクライアント企業で働く、将来有望な若いデザイナー」を我が社に迎えてイタリアの精神と創造性を学んでもらう企画を提案しました。
-- トリノに来た日本のデザイナーは、どのような業務にあたるのですか?
FP 彼ら自身の会社とイタルデザインの計画に取り組むだけでなく、本人の知見を広げるために他プロジェクトにも参画する機会を与えます。例として、日ごろカメラのみをデザインしていると、ある時点で限界に直面します。ところが、自転車を担当しているデザイナーと交流することで、彼は別の視点を獲得できる可能があるのです。
社名は明かせませんが、2024年秋からも、ある日本企業とのプロジェクトが始まります。1人のデザイナーが6か月間トリノに滞在し、彼の会社から与えられた企画に取り組みます。
以前イタルデザインにやってきた、ある若いデザイナーの話をしましょう。彼はイタリアにやってきたとき、とても内気で、ぎこちなさが漂う人物でした。しかし、その後私が日本のクライアントを訪ねたとき、プレゼンテーションを担当していたのは、なんと彼だったのです。同僚たちや上司に、彼らの会社が何をすべきかを、自信をもって解説していました。
そうした好機をイタルデザインが提供することで、私たちにデザイン・サプライヤー以上の付加価値を見出せると確信しているのです。
インタビューを終えて
リアルだけでなくヴァーチャル空間に果敢に挑戦する。日本人デザイナーに新たなインスピレーションを与え、ときに人生までをも変える。イタルデザイン社はトリノの名門デザインファームでありながら、常に変化を続けてクライアントに新たなヴァリューを提供しているのである。