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【Series】イタリアミステリーツアー Vol.2 怪物たちが棲みついたボマルツォの「聖なる森」

Keiko Shimada

2025.12.25

古代から世界に影響を及ぼすさまざまな歴史の舞台となってきたイタリアには、表舞台とは違う神秘的な場所も数多く残されています。王道の観光地をちょっと離れて、そんな謎に満ちたスポットへご案内します。



初めてのイタリア旅行で憧れの「怪物公園」へ

ローマから電車で1時間40分、そこからバスで45分という不便な場所にも関わらず、世界中から訪れる人がいる「Bomarzo ボマルツォ」という街があります。多くの人が訪れる理由は、通称「Parco dei Mostri 怪物公園」、正式には「Sacro Bosco 聖なる森」と呼ばれる不思議な庭園があるからです。


筆者は澁澤龍彦のエッセイ『ボマルツォの聖なる森』でこの公園を知りました。
「たまたま、ここを訪れた旅行者は、森の樹々の葉がくれにちらちら見える異様な巨人や、神話の怪獣の立ち並ぶ景観に、あたかもこの世ならぬ別天地に迷い込んだかのような、強烈な印象を味わうことになるのである。」(澁澤龍彦『幻想の画廊から』青土社刊)

このエッセイを読んでからずっと行きたいと願っていた筆者は、初めてのイタリア旅行で、ローマ滞在中に足を伸ばして念願の「怪物公園」を訪れました。

ローマ神話の豊穣の女神「Cerere ケレース」の彫像
ローマ神話の豊穣の女神「Cerere ケレース」

オルテ駅から地元の高校生で満員のバスに揺られること45分。高校生の集団というのはどこの国でもやたら騒々しいのですが、ほぼずっと喋っているイタリア人なのでなおさらです。途中から「どこから来た?」「日本?」「なにしに行くの?」など質問攻めにあいながら「聖なる森」のバス停に到着。一緒に降りた学生から「あっちだよ!」と道を教えてもらい、いよいよ目的地へ。

ボマルツォの旧市街の遠景
ボマルツォの旧市街を望む

亡き妻を偲んで創った?怪物たちの庭園

世界最古の彫刻庭園ともいわれる「Sacro Bosco 聖なる森」は、16世紀にこの地を治めていたボマルツォの領主ピエール・フランチェスコ・オルシーニ(通称ヴィチーノ)が創り上げたもの。早くに亡くなった妻ジュリア・ファルネーゼへの想いを託して造園したとも伝えられています。ちょっとその発想は理解に苦しみますが、ヴィチーノは神話や幻想世界に出てくる英雄や生き物を現地の岩を彫らせて再現し、ダイナミックかつ不気味な彫像を配置した庭園を創造したのです。

スフィンクスの彫刻
門を入った訪問者を迎える「スフィンクス」
「プロテオ・グラウコ」の彫刻
「Proteo-Glauco プロテオ・グラウコ」は海の神ネプチューンの子ども
「カクスを倒すヘラクレス」の彫刻
「Ercole – Caco カクスを倒すヘラクレス」

庭園を散策すると、次々に登場するのは、思ったより不気味じゃない、どちらかというとユニークな彫像の数々。しかし、16世紀の真っ暗闇の中、燭台に蝋燭を立てて歩いたら、もちろん不気味だったに違いありません。

傾いている家
「Casa Pendente 傾いた家」は中に入れる人気スポット

「聖なる森」でなんといっても有名なのは、人が入れる巨大な顔の彫刻「La Bocca Dell`Inferno 地獄の口」。唇に赤い文字で刻まれているのは、「汝ら、ここに入るもの、一切の望みを棄てよ」というダンテの『神曲 地獄編』の一説です。実際に中に入れるのですが、ヴィチーノが存命だった頃は、訪れたお客様が一休みする休憩スポットだったという説もあります。

「地獄の口」と呼ばれる彫刻
誰もがこのような写真を撮影します

この庭園、実はデザインしたのはルネッサンスを代表する建築家Pirro Ligorio ピッロ・リゴーリオだというから驚きです。ローマ近郊にあるイタリア式庭園の傑作、ヴィラ・デステをはじめ、ミケランジェロの死後、サンピエトロ寺院の建設を引き継いだという有名建築家です。つまり、「変わり者の城主が造らせた風変わりな庭園」と思われがちですが、造園に関わったのは超一流のプロフェッショナル。オーナーの変わった要望を、リゴーリオはどう表現しようとしたのか、その苦労が偲ばれます。

「エキドナ」の彫刻
ギリシア神話に登場する「Echidna エキドナ」

自らの想像力を形にした念願の庭園を、ヴィチーノは亡き妻への思い出を辿りながら散策したのでしょうか。ヴィチーノの死後、いつしか忘れ去られた庭園は廃墟となり、誰も訪れる人もいないまま長い眠りにつきます。


この庭園が「聖なる森」として復活するのは、1954年にジョヴァンニ・ベッティーニという人物がこの土地を購入し、根気強く修復を重ねたことによるもの。およそ400年の長い眠りから目覚め、現在もなお、世界中からマニアックな観光客が訪れるミステリースポットとなっています。

「ドラゴン」の彫刻
苔に覆われた海の神「Nettuno ネプトゥーノス」

イタリアの旅はローカル線がおもしろい!

ちょっとおもしろかったのが、帰りの電車。もう暗くなってしまった夜、駅じゃないところでも、しょっちゅう止まってしまうローカル線でローマへ帰ります。しかも、途中の駅でなぜだか30分ほど停車することがわかり、電車を降りてみましたが、遠くまで行って電車が発車してしまったら怖いので、駅構内の食堂のようなところで晩ごはんを食べることに。他に何人かの人が食事をしていて、「どこから来たの?へー、日本か」と、オランダ人のおじさんに話しかけられました。イタリアを旅行していると、現地の人はもちろん、世界各国の旅人からしょっちゅう話しかけられるのですが、何週間か滞在するうちにそれが当たり前になり、日本に帰国してからも、初めのうちは知らない人に話しかけてしまうこともありました。


ほぼ時間通りという日本の電車に慣れていると、しょっちゅう止まってしまうイタリアのローカル線は時間が読めないのですが、高速鉄道で移動するよりも、ローカル線のほうだんぜん楽しくて、後から思い出すのもそんな旅路です。


ローマを訪れたら、ぜひボマルツォまで足を伸ばして、想像力をかき立てる「聖なる森」へ踏み入ってみませんか。きっと、あなただけの忘れられない旅になるはず。次回のミステリーツアーもお楽しみに!


聖なる森 公式サイト https://www.sacrobosco.eu/

開園時間:11月〜2月 9:00〜17:00

     3月〜9月 9:00〜19:00
       10月 9:00〜18:00

最終入場は閉園の1時間前

12月25日は閉園

入場料:一般 €13.00、子ども(4〜13歳)€8.00

障がいのある者(介助が必要な方)無料

※2026年1月1日より料金が変更となります。