人気ジャズ・ピアニストの西山瞳が、イタリア音楽を深掘りする大好評連載の第3弾。ヘヴィメタルをカヴァーしたシリーズにも影響を与えたピアニスト、ミラバッシの魅力に迫ります。
イタリアらしい情熱的な演奏で人気
今回は、情熱的なオリジナル曲からジブリソングまで演奏し、日本に馴染みの深いジャズ・ピアニスト、Giovanni Mirabassi(ジョバンニ・ミラバッシ)をご紹介します。
イタリアのペルージャに生まれ、パリを中心に活躍するピアニスト、ジョバンニ・ミラバッシがブレイクしたのは、澤野工房が大きく話題になったのと同時期でした。
澤野工房は、大阪の新世界にある履物屋さんが始めた、ヨーロッパの良質なジャズを紹介するジャズ専門レーベル。〈通天閣のふもとの履物屋さんが、個人でジャズレーベル!?〉と、その意外な取り合わせから、テレビや雑誌でも大きく紹介されました。それとほぼ同時の1999年に、ミラバッシのデビューアルバム『Architectures』が、澤野工房からリリースされます。

エンリコ・ピエラヌンツィ直系のピアノという触れ込みで世に出たアルバムは、確かにピエラヌンツィの色に近い要素は沢山あるのですが、左手のアルペジオ使いがとても美しく際立ち、その上でフレーズが情熱的に踊ります。ピエラヌンツィよりも、もっとロマン派と呼ぶべき、個人の情感や熱情のようなものが前面に出るピアニズムに、多くの人が魅了され、鮮烈なデビューとなりました。
私がミラバッシをとても好きになったのが、次に発表された、2001年リリース『AVANTI!』でした。

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こちらはソロピアノ作品なのですが、反戦歌を集めたもので、一曲目はチリの反独裁の歌である「El pueblo unido, jamas sera vencido(不屈の民)」、二曲目はフランスの「Le chant des partisans(パルチザンの歌)」、他にも有名な「Johnny I Hardly knew Ye(ジョニーは戦場へ行った)」や、ジョン・レノンの「Imagine」も収録されています。
これが圧倒的に美しく、それだけでなく、とても強い。叙情的な美旋律をこれでもかと繰り出し、情熱的に上り詰めていくソロ。この意思の強い生命力のほとばしるピアノに、胸をギュッと掴まれ、虜になりました。
デビューから2枚目にして、自分の思想をテーマに一枚アルバムを作ってしまうところも、硬派でとても気概を感じます。ピアニズム的にも、精神的にも、魅せられた一作でした。現在このアルバムは手に入りにくいのがとても残念ですが、本当に素晴らしいアルバムです。
2023年の演奏ですが、韓国のコンサート・プロモーターの宣伝として「不屈の民」の動画がありましたので、ご紹介します。
その後、ビデオアーツミュージックへレーベルを移し、2009年『Out Of Track』を発表。「Dear Old Stockholm」、「Alone Together」など、ジャズ・スタンダード曲を多く取り上げているのですが、ジョン・コルトレーンの「Impressions」をミラバッシ解釈で演奏しているのが新鮮でした。こんな優雅な「Impressions」、聴いたことがなかったです。

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2000年代以降、頻繁に来日していたミラバッシですが、いくつかの大阪のレコード店のジャズ担当者から「ジョヴァンニ・ミラバッシさんは、来日のたびによく来店して、沢山CDを買って行かれます」と聞いていました。私の六本木のライブにもふらっとお越しになったことがあり、ライブが終わってからピエラヌンツィの曲だったかしら、連弾して遊んだことがあります。それぐらい、気軽にあちこちジャズスポットに出入りされていましたね。
衝撃的だった!日本のアニメソングのカヴァーアルバム

そして、絶大なインパクトがあったのが、こちら。2015年『アニメッシ〜天空の城ラピュタほか〜』が日本コロムビアからリリースされました。
これが、日本のアニメソングのカヴァーアルバムで、〈○○のジャズカヴァーアルバム〉が粗製濫造といってもいいほど作られていた頃に、とんでもなく素晴らしいクオリティとアーティスト性の発露をもって、〈ミラバッシの作品である〉という堂々とした出立で現れたのです。
ミラバッシは元々日本のアニメが好きで、自分で選曲もしたそう。発注されて制作するカヴァーアルバムとは訳が違う、意気込みです。原曲のメロディの良さに最大の敬意を払い、自分の音楽として再構築し表現をする。少しさわりを聴いても、ただのBGMには絶対なり得ない密度の濃さがおわかり頂けると思います。
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実は、題材は全然違いますが、私のヘヴィメタルをカヴァーしたシリーズ『New Heritage Of Real Heavy Metal』は、このアニメッシを聴いて始まったと言って過言ではありません。
アニメッシを聴き、自分が本当に好きな対象に、誠実に、情熱を持って取組み、自分の音楽と対象との境界線が曖昧になるまで真剣に考えると良い作品になるのだと感じていたところ、あるレーベルと「ヘヴィメタルのカヴァーなんてどうだろう?」という話になり、取り組むイメージができた部分があります。おかげで私の代表作になり、ロングセラーにもなりました。飛び込む勇気とイメージをくれたアニメッシ、ミラバッシに、感謝しています。

2019年にはジブリ作品のカヴァーのみを集めた『MITAKA CALLING -三鷹の呼聲-』をリリース。宮崎駿監督がジャケットのイラストを提供し、コメントを寄せています。
ミラバッシも日本のアニメが好きで、宮崎駿監督がコンサートにも来てイラスト提供してくれるなんて、とても嬉しかったでしょうね。確かコロナ禍直前のリリースだったので、様々なニュースに押し流されていったところもありましたが、「海の見える街」(魔女の宅急便)。「となりのトトロ」、「アシタカせっ記」(もののけ姫)など、皆さんお馴染みの曲が沢山収録されており、配信でも聴けますので、ぜひ聴いてみて下さい。
コロナ禍を経て到達した新境地
最近の作品では、コロナ禍の2021年に発表されたソロアルバム『Pensieri isolati』が、大変充実したソロ作品で、本当に素晴らしいです。今最初に聴くなら、こちらの作品を薦めたい。

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『AVANTI!』から20年経ち、ハートの熱さは変わらず、より豊かになったピアノ表現のグラデーションが幾重にも折り重なり、とても重層的で詩情豊かな演奏。本当に素晴らしく、恍惚と聴き入ってしまいます。これは、全ての音楽ファン、ピアノファンに聴いて頂きたい、充実の作品。
CDの解説を読んで知ったのですが、コロナ禍でPENSIERI ISOLATI PROJECTを立ち上げ、Instagram上で孤立した思いを抱えている人たちとコンタクトを取り、オーディエンスと創造性について意見交換を交わしていたそうです。
以前からミラバッシについて感じていた、美しいけれど決して孤高ではない、心の距離の近さ。熟慮と対話を重ね、より聴く人の心に寄り添った美しい手紙のような作品になりました。
最後に、このアルバムから一曲、オリジナル曲「Canta che ti passa」をご紹介します。
この曲は、シングル曲として先行配信されており、この一曲を聴いてこのアルバムが素晴らしいものになるだろうと確信し、アルバムの発売を心待ちにしていたんです。
想像以上の素晴らしい作品で、私の人生の大事な一枚になりました。
また生演奏を日本で聴ける日を、楽しみにしています。
