幅広い音楽ファンから支持されるジャズ・ピアニストの西山瞳が、イタリア音楽を深掘りする大好評連載の第2弾。音楽の国、イタリアが生んだ人気ピアニストとは?プロの視点でその魅力を語ります。
フィレンツェ出身のピアニスト
今回は、日本のジャズ専門店でおそらく今一番CDが売れているイタリアのジャズ・ピアニスト、Alessandro Galati(アレッサンドロ・ガラティ)をご紹介します。

1966年、イタリアのフィレンツェ生まれのガラティは、これまで日本のレーベルから沢山CDをリリースしており、大変人気のあるピアニストです。
まだ日本に大きく紹介される前、ヨーロッパジャズファンの中で有名だった作品が、『Traction Avant』(1995, VVJ007/,Via Vento Jazz)。
パレ・ダニエルソン(ベース)、ピーター・アースキン(ドラムス)という、ジャズファン垂涎の素晴らしいメンバーによるピアノトリオ作品です。
このアルバムには、「Andre」という名曲が入っており、ぜひこの美しい曲を聴いて下さい。
この作品は、とにかくピアノの音が美しいという、絶大なインパクトがありました。
残響の隅々まで意識の届いたピアニズム、カンタービレと呼ぶにふさわしい歌心。
アドリブソロも常に全部を見せず、出し切るというよりは三歩手前のミステリアスなところで留めておく、抑制のセンス。ピアノの音が放物線を描き、最後に音が消える響きの出口まで考えたプレイは、それだけで十分個性的で大きな存在感を放っていました。
ソロもトリオも絶品の美しさ
日本の本格デビューは、2005年。上質なヨーロッパ・ジャズを紹介するレーベルBLUE GLEAMから、ソロ作品『All Alone』(2005年)、トリオ作品『Cubicq』(2007年)、デュオ作品『Imaginerie』(2010年)が立て続けにリリースされ、それをきっかけに、来日公演も定期的に行うようになりました。
BLUE GLEAM作品では、ガラティの作曲において優れた部分、甘美で濃厚で、歌心溢れるオリジナル曲を沢山聴くことができます。
ピアノトリオ作品『Cubicq』は、個人的には、沢山あるガラティの作品の中でも、一番好きなアルバムです。

Tower Records https://tower.jp/item/2209981
全体的に短調の曲が多く、仄暗いサウンドの上に心に染み込むように優しいメロディが乗り、なんとも言えない哀愁と諦念があります。
アルバムには、オリジナル曲以外に、イタリアではお馴染みの3曲を収録。
「Ma l’amore No」は様々なイタリアのミュージシャンが取り上げており、イタリアのご当地ジャズ・スタンダード曲としてお馴染み。友人のミュージシャンがイタリアで公演した時に、この曲を演奏したら、その場にいたお客さんが皆で大合唱になったそうですよ。
また、ナット・キング・コールも歌っているイタリアのカンツォーネ「Non Dimenticar」や、ご存知、「New Cinema Paradiso(Love Theme)」も取り上げ、美旋律をより美しく、陶酔感のある世界に仕上げています。
2010年のデュオ作品『Imaginerie』は、アレス・タヴォラッツィ(ベース)とのデュオ。
アレス・タヴォラッツィは、イタリアのプログレッシブ・ロックバンド、Area(アレア)のベーシストでもあり、ロック方面でも広く知られている存在です。丁寧に紡ぎ出されるデュオの世界は、必聴。先ほど紹介した「Andre」の再録には、涙腺が緩みます。
コンスタントに作品をリリースしているガラティの、最近の作品で素晴らしかったのがこちら、『Seals』。

曲のバランス、演奏、全て素晴らしく、個人的には近年の作品の中で一番好きです。
「Cherokee」の解釈は白眉。この曲は、よくジャムセッションでも演奏されるジャズ・スタンダード曲ですが、通常はとても速いテンポで演奏される曲です。それを5拍子で、サビの部分はミステリアスで森の奥の泉に迷い込んだように、見事にガラティの世界観にまとめ上げています。
こちら、クリフォード・ブラウン&マックス・ローチの「Cherokee」が、一般的に演奏される速さです。聴き比べてみて下さい。
ジャズ入門におすすめのスタンダード
そんなアレッサンドロ・ガラティは、2024年末、なんと日本のレーベルから『Plays Standards 1』、『Plays Standards 2』、『Plays Standards 3』の3作を同時リリース。日本のジャズファンからの人気の高さが伺えます。



Diskunion https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1008798713
いずれも超有名ジャズ・スタンダードが収録されており、最初にジャズを聴くのにもお勧め。
ガラティの美音を堪能し、ジャズ・スタンダード曲も一緒に知ることができる、とても良い企画盤となっています。「あなたと夜と音楽と」、「星影のステラ」、「I’ll Be Seeing You」など、美しいメロディのスタンダードばかり収録されています。
そして、ガラティの音楽には、イタリアの名レコーディング・エンジニアStefano Amerio(ステファノ・アメリオ)の功績も欠かせません。
ステファノ・アメリオは、ECM Records、C.A.M. Jazzなどのヨーロッパの最高質ジャズレーベルにおいて沢山の優れたジャズ作品を手掛け、数々の賞を受賞し、世界的に尊敬されているレコーディング・エンジニア。ジャズファンの中でもオーディオ好きの方は、ステファノ・アメリオの名前で買う人も多くいます。
クリアで凛としたサウンドは、深く透明度の高い湖の上を歩くような緊張感があり、冷たすぎず、聴く人を突き放さず、しかししっかり体温を感じる、独特の美学があります。
ガラティの録音のほとんど、このスタンダード集3枚も、ステファノ・アメリオの録音。ガラティの音は、イコール、ステファノ・アメリオの音でもあるのです。
イベントで連弾した思い出
コロナ禍以降の来日はなかったと思いますが、私も過去にガラティのソロ・コンサートを聴きに行きました。その時に「New Cinema Paradiso 愛のテーマ」も弾いていたのですが、極上も極上の演奏と歌心で、あまりにも素晴らしく、これは、その土地の文化をあまり知らない人間が手出ししない方がいい曲かも、とすら思いました。
2014年には箱根のポーラ美術館でのモディリアーニ展の関連イベントがあり、一日目がガラティ、二日目が私のトリオが演奏でしたので、二日目に残って私のトリオに飛び入り、連弾しましたよ。
沢山作品を紹介してきました。
ぜひ、飛び抜けて美しいアレッサンドロ・ガラティの世界を、味わって下さい。
