ART & DESIGN

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安藤忠雄設計の教会で、クリスマスシーズンに聖母子と会う。服部州恵展「聖なる空間Ⅰ」

街にイルミネーションが輝き、誰もが大切な人を想う季節にふさわしいアートをご紹介します。テンペラ画の本場・イタリアで修行し、金箔にこだわった作品に彩られた「聖なる空間」を訪れて、イエス・キリストの降誕を祝う本来のアドベント(降臨節)を体験してみませんか。


ひと目で安藤忠雄建築だとわかるコンクリートに、三位一体を思わせる三角形モチーフ

会場となる東京メトロ日比谷線・広尾駅から徒歩数分の場所にある「21世紀キリスト宣教会」は、安藤忠雄が設計・デザインしたモダンでストイックな建築。テンペラ画家 服部州恵(はっとりくにえ)さんの個展の開催中は、普段は週に1時間(金曜14時から15時)だけ事前予約で見学できる教会を訪れ、作品を鑑賞しながら内部を見ることができる貴重な機会です。


世界のアンドウが手がけた静謐な空間」

天井から床まで伸びた細長い窓から礼拝堂に射し込む光に、限りなく細い十字架が空中に浮かぶ繊細な美しさ。2024年12月7日、服部州恵さんの個展「聖なる空間Ⅰ」のオープニングは、このミニマルを極めた礼拝堂で、作家のヒストリービデオの上映に続き、朗読劇マニフィカト「マリアの賛歌」で幕を開けました。安藤忠雄による飾りを削ぎ落とした空間、1階のエントランスから地下へつづく階段、祈りの部屋へとつながる廊下と、金色に彩られたアートを眺めながら歩いていくと、まさに「聖なる空間」にふさわしい静かな中にも歓びにあふれる特別な空気に包まれました。


季節や時間によって光が変化して趣も変わる礼拝堂。細くシンプルな十字架が空中に浮かんでいる
イベントで教会を訪れるときは、白で統一した装束にこだわる服部さん

ルネサンス期の金箔画法を、混合技法で現代的にアレンジしたテンペラ画

訪れて感動したイタリアの色彩

高校生の頃に本の中でフラ・アンジェリコの「受胎告知」(コルトーナ ディオチェザーノ美術館)と出会い、その清らかな美しさに心打たれた服部州恵さんは、女子美術大学在学中に洗礼を受け、その後、念願叶ってイタリアの地で絵を学ぶ機会に恵まれました。


2022年に服部さんが描いた「受胎告知」。ゆりの花をマリアに捧げる大天使ガブリエル

イタリアでは金色に輝く名画に出会える古都シエナ、美しい天空の街トーディ、ルネサンスが花開いたフィレンツェに滞在し、絵画はもちろん、幾多の教会を訪れ、イタリアの暮らしに触れる日々を過ごしました。「イタリアの絵画って、まるで物語のようだと思っていました。でも実際に行ってみたら、本当に青い空やくっきりした色が映える太陽の光など、絵の世界は本当に見て描いたものだったんだってわかりました」。


シエナでは、金箔がまぶしいシモーネ・マルティーニの「聖母子」をはじめ、テンペラ技法の宝庫であるシエナ派の絵画に触れる毎日を過ごした服部さん。語学学校に通う道には小さな教会がいくつもあり、毎日ひとつずつ教会を巡り、そこに飾られている絵画を通じて地元の人たちが大切に守っている空間を体感しました。


「今回の展覧会を『聖なる空間』と名づけましたが、あの頃、教会を巡って聖なる空間の在り方を見せていただいたのは、いまこの時のためにあったのかもしれないって思うんです」。テンペラ画の技法にとどまらず、数々の宗教画や教会の佇まいは、その後の画業に大きな影響を与えました。


どこから見ても美しい中世の都シエナ滞在中のスナップ

「人にとってなにが大切なのか」学んだイタリア滞在

地元の人たちともっと近くなりたいと願った服部さんは、写真を見て一目惚れしたトーディにも滞在。少し住んでいるうちにみんなから覚えてもらえる小さな街で暮らし、よりイタリア人を身近に感じる日々となりました。そこで実感したのは、「イタリアの豊かな暮らし」です。


「経済的にはさほど裕福でなくても、先祖代々の家があり、美しい食器があり、お客様を招いてごちそうを振る舞う。両親が夕方の4時半頃には帰宅して、家族揃ってゆっくり食事をした後、公園まで散歩に行ってジェラートを食べる。そこには友人の家族もいて、みんなでおしゃべりをして『じゃあ、またね』と家路をたどる。そんなイタリア人の生活に触れて、人にとって何が大切なのか、考え方が変わりました」と語った服部さん。


次に滞在したフィレンツェでは、絵の先生の自宅にホームステイ。浮世絵のコレクターだったお父様を持つ先生の住まいは、庭に蓮の花が咲く日本式の池があり、松尾芭蕉を読んでから作品の制作に取りかかるという日本好きの女性だったそう。「カタコトのイタリア語しか話せなかったのですが、心が通じ合っていたり、伝えたいという情熱があれば、なんとか言葉は通じるんだなって」。先生のもとでテンペラ画や金箔の貼り方を学び、古典絵画専用の画材店で道具を揃えたそうです。


日本が大好きな絵の先生のために、庭に咲いた花を活け花に

「イタリアで食べて美味しかったのはレモンクリームのパスタですね。ちょっとオレンジに近い香りゆたかなレモンで、『なんて美味しいの!』って感動しました」。日本と比べて果物が安くて美味しかったこともあり、とくにブドウはいつも大量に買ってお昼に食べていたそう。自然の恵みがつまった豊穣な食も、イタリアでの修行時代の大切な思い出です。


フィレンツェのホームステイ先の家族と囲む幸せな食卓

東西の絵画が融合した雅やかな聖母子

まばゆいばかりの輝きの中に色とりどりの花が咲き乱れ、伝統的な聖母子とは違う印象を受ける「Madonna and Child 2024」。今回の展覧会を企画した中、イメージに浮かんできた光景を絵画に昇華させました。「この作品は日本に来てくださったイエス様を表現したもの。あえてマリア様は日本人の顔にして、イエス様の光輪はイタリア風、周りのお花は桜や菊、牡丹や芍薬、笹など日本の花と植物にしています」。卵を使ってくっきりした形を整えるテンペラ画と、透明感のある油彩の混合技法による作品で、日本の琳派を思わせる背景の金箔と相まって、東西の融合を表現しています。


展覧会前日まで筆を入れて完成させた「Madonna and Child 2024」

安藤忠雄が設計・デザインを手がけたミニマルな空間を彩る、金色の輝きを纏った優美な作品の数々。服部州恵さんの想いが込められた作品に触れて、イタリア流のクリスマスアドベントを体験してみませんか。


神の花嫁になる時をイメージした「包まれる」

聖なる空間Ⅰ テンペラ画家 服部州恵

会期:12月11日(水)〜13日(金)、12月18日(水)〜21日(土)、12月25日(水)

12:00〜17:00 入場無料

会場 : 21世紀キリスト宣教会(東京都渋谷区広尾5-9-7)
お問い合わせ:03-6277-1257(事務局)