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【Series】イタリアを通じてみる「新ラグジュアリー」論①

長年にわたりミラノを拠点にしているビジネスと文化のプランナー、安西洋之氏。ビジネスや商品のローカリゼーション、デザインマネジメント領域を得意としている氏が、イタリアと他文化を比較しながら、新しい時代の「ラグジュアリー」のコンセプトを考える連載です。

「ラグジュアリー」という言葉を聞いて何を感じますか? という質問をすると、実にさまざまな反応が返ってきます。

おおまかにいうと、ラグジュアリーに潜む見栄の部分が拡大して印象づけていることが日本・イタリア共に多いです。自慢のネタとみられるわけですね。イタリアの高級ブランド企業の経営者でさえ「ラグジュアリーよりもハイエンドとカテゴライズしたい」と言う人もいるくらいです。


フランスの経営学の先生でジャン=ノエル・カプフェレという人がいます。ラグジュアリー研究の第一人者とされています。彼がおよそ10年前に行ったリサーチがありますが、このデータが興味深いです。ラグジュアリーと認知するための要素を6か国の人たちに聞いたのです。米国、ブラジル、フランス、ドイツ、中国そして日本です。

結果、3つの項目に関してはどこの国の人も共通に認めます。「プレステージ」「高価」「高品質」です。これをみて、そうだろうなあと思うでしょう。しかし、ラグジュアリーを認知する他の項目になると、文化圏によって大幅に変わってきます。


日本が他の国と比較して違うのは、次のような項目です。

まず、他の国の人がラグジュアリーの項目だと認めるのに、日本の人は認めない項目は「楽しさ」「ファッション」「夢」「パーソラナイズされたサービス」「イノベーション」です。どちらかといえば、ラグジュアリーの対極にあると想像する言葉かもしれません。


他方、上記の反対、つまり日本の人は拘(こだわ)るのに他の文化圏の人はラグジュアリーにとってそれほど鍵と思っていないのは、どのような言葉でしょうか?

「遺産」です。意外だとお思いになる方が少なくないでしょう。ラグジュアリーは歴史的に評価の高いこと、伝統として受け継がれた資産が大いに関係していると考えている方が多いだろうからです。


このデータからひとつ推察されるのは、日本の人はフランスのラグジュアリーの古典的なイメージに強く影響を受けている。要は、現在のフランスでもそこまで重要ではない項目を後生大事にしている姿が想像できます。

歴史ある伝統を大切に守っているプレステージある高品質で高価格の商品をラグジュアリーと考えている姿です。代表例として、19世紀半ば頃に生まれたルイ・ヴィトンやエルメスですね。産業革命で生まれた新興ブルジュワ層がそれまで社会的に力のあった貴族に対抗するとの需要が生じた。それに対応して誕生したブランドが、ラグジュアリーの起源であると認識しているわけです。


確かに、この認識は間違っていませんが、その狭い範囲だけにとどまっている。半ば正解であり、半ば不正解であるといえます。フランスの人が挙げるように、もっと「夢」や「楽しさ」を入れ込んでよいのに、それらはラグジュアリーの条件として相応しくないと思い込んでいる節があるのです。

イタリア企業がラグジュアリーに強い理由

ロンドンにサザビーズという会社があります。アート作品のオークションでよく耳にする名前です。この会社がアート・インスティテュートという学校を経営しており、アートマネジメントやラグジュアリーを教えるコースを持っています。ラグジュアリーコースで教鞭をとるフェデリカ・カルロットさんが「フランスのラグジュアリーは貴族性に起因するところがありますが、イタリアのラグジュアリーは20世紀なかばから日常性に基づいたものを強調しています」と話します。カプフェレ教授のデータにはありませんでしたが、フランスとイタリアでもラグジュアリーの捉え方が違うのです。


ロンドンのサザビーズオークションハウス

このイタリアらしいラグジュアリー、あるいは高級ブランド企業が集まった団体があります。アルタガンマです。市場動向などの情報共有や共同で海外への販売促進で実施するなどいろいろな機能があり、同様の組織がフランスならコルベール委員会が存在します。この活動を外部からみていても、アルタガンマとコルベール委員会は性格が違います。前者は協力関係にある戦略コンサルティング企業の市場分析データを公開しますが、後者は会員企業のLVMHなどの大企業が独自にリサーチするため外に公開されません。

アルタガンマは中堅企業が多いから、大企業のようにはリサーチに多額の予算をかけられないのでしょう。しかし、だからこそデータが民主化されている。また、フランスの企業の下請け的存在を生産面で担ってきた企業も多く、イタリアの企業人はラグジュアリー領域に関する知識レベルが高いです。言葉を変えれば、ラグジュアリービジネスへの敷居が低いのがイタリアの企業風土であるとも表現できます。


2024年5月31日、イタリアの大手企業119社を代表するアルタガンマ財団(Fondazione Altagamma)と、2025年大阪・関西万博のイタリア・コミッショナージェネラルが、ローマで相互協力の合意文書に調印

イタリアのファッション、殊(ことさら)に紳士服の分野の人が「我々の細かいことへの拘りを高評価するのは、世界のなかで日本の人しかいない」とよく語ります。日本人へのリップサービスもあるでしょうが、イタリアと日本は共通点が多く、イタリアの商品を買う動機になるでしょう? とのニュアンスを感じます。このフレーズからも、日本の人がラグジュアリービジネスを構想するとき、イタリアのラグジュアリー領域から学ぶことが多いことが分かるでしょう。

この連載では、イタリアを通じてみえるラグジュアリーに関してさまざまに書いていこうと思います。