INTERVIEW

INTERVIEW

イタリア・ポー川のほとりから日本のテーブルへ 土着品種ワインを届けたい理由

ひっそりと守り抜かれたオルトレポーの伝統は、いつしか軽やかに時代の先を行くワインに


ミラノから南へ車で約1時間。イタリアを東西に流れるポー川を超えさらに少し進むと、ブドウ畑に満たされたゆるやかな丘陵が広がります。ロンバルディア州のミラノ南部に広がるオルトレポー・パヴェーゼと呼ばれる地区は、ローマ帝国時代には既にワインの生産が盛んで、伝統的なワイン造りが守られてきた地域です。


オルトレポーの魅力は、なんと言っても土着品種のブドウが今なお受け継がれていること。実直にこだわりを極める、オルトレポーの職人たちが造り出すワインを、「恩返し」と言って日本で伝えるのは、過去20年オルトレポーに住んでいた日本人・地福芳子さん。彼女が伝えたいオルトレポーワインに込められたストーリーとは?


オルトレポーワインとグラスのある風景
オルトレポーのブドウ畑

サンジョベーゼ、トレッビアーノ、バルベーラ…少し名前を聞いたことがあるワインは不思議と手に取りがちですよね。ところで、「ボナルダ」という品種はご存知でしょうか?


イタリアの北西・ロンバンルディア州にあるオルトレポーは、「オルトレ」=向こう側、「ポー」=ポー川という意味で、ミラノの富裕層が週末にのんびり過ごすために訪れる、静かな地区。丘陵地帯にはブドウ畑が広がり、伝統的なワイン生産地としても名が知られています。

運命づけられたかのように、オルトレポー地区はなんとブドウの房の形をしているというのも気になりますね。


ある日、ミラノで貿易に携わっていた地福芳子さんは、仕事で出会ったオルトレポーのワインに惹かれて、導かれるままにその地に引っ越しました。「それまで住んでいた大都会ミラノとは、また違う時間の流れがあった」というオルトレポーでは、彼女の人生を一変させるドラマがたくさん待ち受けていたのです。


 地図上でオルトレポーの場所を指差し、回想する地福さん
地図上でオルトレポーの場所を指差し、回想する地福さん

「自分がその地で暮らした“経験“を以ってして味わうワインは別物、それはただの飲み物ではなく造り手そのものです。」


オルトレポーに引っ越す一番の決め手となったのは、オルトレポー屈指のワイナリー「ペルチヴァッレ社」のオーナー一族にお世話になったこと。特に一家のお母様は、ワインに興味のある地福さんを、イベントの度に誘い出し、たくさんの体験と人脈を広げてくださいました。その時まだ小さかった地福さんのお子さんも我が子のように、可愛がり愛情を注いでくれました。「イタリアのマンマの無償の愛情は計り知れない宝物です。そんなマンマ達のファミリーが手掛けるワインも、同時にそのご家族を映し出す鏡です。ワイン造りにかけられる情熱というのは、もちろんどのワイン、どの地域にもありますが、自分がその地の生活に入り込んだ“経験”を以ってして味わうワインというのは、また別物で、それはもうただの飲み物ではなく、造り手自身であり、その人の哲学であり、取り巻く土地や歴史までが込められています。


訪れる偶然とワインに、身を委ねてみたオルトレポーでの日々

オルトレポーの地元の人が野外でワインを楽しむ様子
オルトレポーの地元の人が野外でワインを楽しむ様子

シチリア出身のそのマンマは、地福さんをワインイベントに連れて行っては、ワイン仲間を紹介してくれました。

ペルチヴァッレ家では、若くして病気でお亡くなりになられたこのマンマへの想いから、現在、ビオロジコはもちろん、ヴィーガンにも対応した「身体に優しいワイン」のみを生産しています。


そんな中、バルベーラを中心にワインを生産するビージさんに出会いました。地元で「オルトレポーの門番」的存在として知られる彼は、土地とワイン造りへのあふれる愛情と、情熱を持ちオルトレポーの伝統を守り続けるワインの哲学を伝授しました。マンマに続いてビージさんも、友情と愛情を持って地福さんに接してくれたご家族。当の地福さんは戸惑う暇もなくひたすらワイン(と彼らのワインへの誇り)に触れる毎日。日に日に、自分の生活の一部としてワインが欠かせない存在になっていることが実感できてきた頃、さらに地福さんの人生を決定づける出会いがありました。そう、アニェス兄弟との出会いです。


アニェス兄弟は先祖7代にわたって、土着品種の「ボナルダ」を最も重要な存在と位置づけ、ワインを造っています。彼らのワイナリーは、ミラノの図書館に残る文献に、1192年にロンバルディアの領主に献上したことが記されているほど、古くから品質が認められた存在。ビージさんや、オルトレポーのワインに携わる皆の師匠として著名なマリオ・マッフィ師も、「ボナルダといえばアニェス」と太鼓判を捺していることもあり、ワイン会で紹介されたのです。


実直に伝統ワインを造り続ける、やや閉鎖的なオルトレポー?

アニェス兄弟
アニェス兄弟

アニェス兄弟は、こだわりが強く非常に実直な性格で知られた存在。ワイナリーの構造は、ワインに圧力をかけず、ストレスを感じさせないように、醸造は地上から地下三階へ向けて重力に沿って行われて、熟成庫に送り届けられます。発酵は全て天然酵母のみで行い、時間と手間をかける徹底ぶり。さらに、ブドウ品種は土着のボナルダの中でもさらに、この地でしか育たないと言われている「ボナルダ・ピニョーロ」という希少な品種を代々受け継いでいるのだそう。


そもそもこんなこだわりを貫いているからか、彼らはとても物静かで難しい性格でイタリア国内での販路も厳選され、日本のワイン好きにも知られていない存在。彼らのワインは、まずオープンに広まることはありません。ロンバルディアの中でも、オルトレポーは城が点在する古都ということもあり、伝統をこよなく愛し、ひたむきに守る土地。ありきたりな存在になるよりも、「ありのままのブドウの魅力をいかに引き出すか」ということを大切にする彼らは、土地が育むブドウをベストな状態で栽培し、ブドウ自身の持つ個性を最大限に発揮する醸造を行います。その様子は、ある意味閉鎖的なのかもしれないですが、一方で今の時代においては芯の通ったアイデンティティを感じさせます。


彼らのシグネチャーワイン「クレスタ・デル・ギッフィ」を飲んでみると、それもそのはずと唸らずにはいられません。


土着品種ボナルダのフリッツァンテ「ギッフィ」は、意外にも「聡明で粋な都会の女性」のよう

「ギッフィ」のボトル
「ギッフィ」のボトル

アニェス兄弟の造るワインの中でも、まさにシグネチャーワインと呼ぶにふさわしいワイン「ギッフィ」はなんと赤の微発泡。日本では赤の微発泡といえば、ランブルスコが有名ですが、ミラノでは同じくらいボナルダの微発泡が人気です。


抜栓した瞬間は、控えめながら濃いベリー感漂う香りが芳しく、口に含むと硬度を感じるスパークリングが爽やかで、主張しすぎないワインという印象。しかし、頬に残るのはやわらかで深みと重みのあるタンニンで、かすかに後を引きます。初めはドライかと思わせますが、優しさでまとめてくるあたりがとても女性的です。


ランブルスコと違い、甘さは主役ではありません。滑りがよく、渋さやダイナミックさもないため、アペリティーボはもちろん、口を洗ってくれる効果が脂との相性も抜群。特に相性が良いのは、柔らかな北イタリアのサラミ、魚料理ならトマトソース、香草やバター等で仕上げた一皿。地福さんのおすすめは、すき焼きなどの味の濃い日本料理や、マリアージュが難しいと敬遠されがちな魚卵などまで。白子のような、もったりした珍味も合いそうです。柔らかな味わいのチョコレートなどのデザートとの相性も抜群です。どんな食事も、このワインが邪魔をすることなくそっとリードをしてくれます。そのうちに、我々はなんだか離れられなくなってしまうという感じでしょうか。ロンバルディア内では田舎町のオルトレポーで、土着品種をこれほどに都会的で軽快に仕上げるとは、アニェス兄弟のこだわりは相当なものだと伝わります。


有名なワインもいいけれど、選びたい方にはオルトレポーのワインを

ここまでこだわり抜いたワインでも、日本ではほとんど流通していないというのが現実です。希少な土着品種ながらも、造り手の匠によりこってりした田舎の雰囲気を感じさせず、親しみのある味わいに仕上げるなど、ストーリーに裏付けされた意外性も、こうして私たちが知ることができるのは、オルトレポーの小さな町で、地福さんが地元の人々の生活に入り込んでワインを選び抜いたからこそ。「色々大変なこともあったけど、その度にたくさんの経験をさせてくれたオルトレポーの人たちへ感謝と敬意をもって、その歴史・暮らし・情熱を日本に伝えていきたいですね。ささやかかもしれないけれど、それが大好きな彼らへの恩返しになればと思います。ピエモンテやトスカーナの有名なワインもいいですが、選んで冒険してみたくなったらぜひオルトレポーのワインを手に取ってみてくださいね。


オルトレポーワインのボトル
オルトレポーワインのボトル

オルトレポー地図イラスト

JFK ワインズ株式会社 
代表取締役 地福芳子


2002年イタリア・ミラノへ渡る。
日本の輸入業者向け現地コンサルタントとして、イタリアワイン・食品・革製品・雑貨を中心に輸出入業に従事する。
その後、通訳・翻訳・個人旅行や社員研修のマネージメントとガイド等を務めながら、アルマ・ワインズ社他多数ワイナリーの日本向けエージェントとして契約し、イタリアワインの普及に努める。
イタリアでお世話になった生産者の方々へ感謝の気持ちを込め、彼らの本物の良さを日本に紹介をする事をモットーに、日本にて2016年「JFK ワインズ株式会社」設立。
地元オルトレポー・パヴェーゼ(ロンバルディア州)を拠点に、イタリアワインや食品の輸入、卸、小売販売を始める。現在は日本とイタリアを行き来しながら、イタリアワインや食材を中心にそこに根付く人々、歴史、伝統を伝える取り組み、ワイン会等イベント企画、他輸入業者の輸入コンサルタントも務めている。
https://jfk-yns.co.jp/


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